ピリオド楽器の特徴を活かした自由に弦を使った演奏
★★★★☆
パトリシア・コパチンスカヤ(Patricia Kopatchinskaja)は1977年モルドヴァ生まれのヴァイオリニスト。ファジル・サイとのデュオでも話題になった。気鋭の演奏スタイルが話題。
そんなコパチンスカヤがヘレヴェッヘ指揮シャンゼリゼ管弦楽団と2008年に録音したベートーヴェンの協奏曲。レパートリーの広いヴァイオリニストらしいが、あえて王道中の王道で勝負したディスクだ。
演奏はピリオド楽器を使用している。カデンツァはベートーヴェンが「ピアノ編曲版」のために書いたものを「ヴァイオリン版」に再アレンジして使用している。最近ではイザベラ・ファウストもそうだったし、この傾向は増えてきているようだ。・・・実際、このカデンツァは面白いのだが「ピアノで弾いてこそ」の部分もあり、あまりメジャーになられても、という気もするが、とりあえずこれはこれで良いでしょう。
コパチンスカヤのヴァイオリンは確かに個性的である。ピリオド楽器なので、音の伸びや広がりは限られているが、それを機動性やフレージングの妙で補ったような印象。それは研究的な考察により得られたピリオド楽器の演奏とは一味違っていて、この楽器ならではの自由な領域を存分に楽しんでいるといった趣である。実際、最近はピリオド楽器の演奏は「アカデミック」なアプローチだけでなく、それを単に手法として自分の音楽作りに応用する方法論が増えていて、パーヴォ・ヤルヴィなんかもそうだと思うのだけれど、なかなか楽しい。ヘレヴェッヘの指揮はいつもながらの分離のよい音で、音がぎゅっと詰まっているわけではなく、適度に、やや広めにスペースを取ったような響き。風雅でソフト。それなので、独奏楽器がより自在で闊達に動いている。個人的には終楽章のそれも後半の音の弾みかたがたいへん心地よかった。
一方で、「ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の演奏」として聴いたとき、やはりピリオド楽器の「限界」も如実に物語っている。太い音が出ない分、アプローチは「別物」になるが、それは「そうなってしまう」という拘束的な意味合いを含むのだ。
2曲のロマンスに加えて、「ヴァイオリンと管弦楽のための断章」が収録されているのも本盤の特徴。いかにも未完成のように終わってしまうが、さすがベートーヴェンで、内容のある音楽だ。もし完成していれば「ピアノ協奏曲第2番」のように特に独奏者にとっていろいろと楽しめる作品になっていたのではないか、と思う。