日本各地でさまざまな謎を解き明かしてきた浅見の今回の旅は、5年前に不審な死を遂げた男のルーツを探るものだ。男の名は三井所剛史。北海道余市で家族とともに平穏に暮らしていたはずの剛史は、娘の園子の学費を工面するため、松前に行くと言い残したまま姿を消していた。どうして剛史は、突然に失踪したのか。しかもなぜ、北海道から遠く離れた石川県で水死体となって発見されたのか。剛史が遺していった童子の土人形ひとつを手掛かりに、北海道、加賀、北九州を舞台とした浅見の壮大な推理行が始まる。
函館の黒い海霧、鈍色(にびいろ)の加賀の海、人の命を奪う化生(けしょう)の海。そして、それらをつなぐ「北前船」。剛史の数奇な運命と、各地の地理・歴史がダイナミックに重なり合っていくのは、緻密な取材と深い人間考察に裏打ちされたシリーズの面目躍如たる点だ。心に強く残るのは、過酷な運命を背負ったものたちの心情に寄り添いながら考察を進める浅見の姿である。とりわけ、事件の結末を前に「苦渋の選択」をする場面には、人間味あふれるこの探偵が長く愛され続けている理由を、はっきりと見て取ることができる。(中島正敏)