戦前、戦後と経て、いままた戦前へと戻ってきた世界において、90年近く生きてきた大西巨人は、いまだに現役の文学者であり、参照すべき物書きである。そんな者はほとんどいないのである。
本書に収録されている「俗情との結託」こそ、20世紀から21世紀へと渉る時代のなかで貫徹するほとんど唯一の批評言語であったと今更ながらに思う。
世界で、社会で、マスメディアで、職場で、あるいは家庭でも、「俗情との結託」が蔓延している。その実情に対して言葉は抗するすべもなく無力に陥っている場面を見るのがどれほど多いことだろう。いや、最早無意識のうちに俗情と結託してることが多い。
そのため大西巨人の言語は、時に倫理性が強すぎて付いて行かれないと思わせることもあるが、非力、無力ながらも本書を繰り返し読んで、己を鍛えなければならないと思う。