戦争の悲惨さ愚かさを痛烈に風刺し謳った、レフとコーリャの冒険物語
★★★★★
これまで油絵で独特の表紙を描いてきた勝呂忠氏が’10年3月15日に逝去されたのに伴い、伝統の「ハヤカワ・ポケット・ミステリ」が新カバー、大きな活字でリニューアルされた。本書はその第1弾で、全米大絶賛という触れ込みの歴史エンターテインメントである。
時は第二次大戦下の1942年1月、ドイツ軍によって包囲されたレニングラードでは人々は窮乏と飢餓の極地にあった。当時17才だったレフは、夜間外出禁止令違反と略奪罪で逮捕される。即死刑のピンチにあった彼は、獄中で一緒になった脱走兵のコーリャと共に、秘密警察の大佐から、その命と引き換えに、娘の結婚式のウェディングケーキの材料として卵1ダースを5日以内に持ってこいという、人を喰ったような、笑うに笑えない極秘命令を受ける。かくしてふたりの、卵を求めての一大冒険が始まる。
「ヘイマーケットの人食い夫婦がすりつぶした人肉でソーセージを売っていた。住んでいたアパートが爆撃で跡形もなく崩壊した。犬が爆弾になっていた。凍りついた兵士の死体が立て看板になっていた。顔半分を失ったパルチザンが悲しい眼を殺人者に向けて、雪の上で体をゆらゆら揺らしていた。」極寒の、しかも敵軍に包囲されたロシアで、ふたりは困難を極めるが、そんな中にあっても下ネタと文学談義と恋愛指南といったふたりの掛け合いは限りなく明るい。
著者の祖父であるロシア系ユダヤ人移民レフの懐古談の体裁で綴られる本書は、臨場感に溢れており、レフとコーリャの笑いとペーソスに満ちた友情と冒険を物語のメインに据えながら、戦争の悲惨さと愚かさを痛烈に風刺し謳った傑作である。
愚かな命令を実行する二人の物語があぶりだす戦争の愚かさ
★★★★☆
アメリカ人作家のデイヴィッドはソ連出身の祖父レフ・ベニオフの戦時中の体験談を取材する。
1942年、レフはドイツ軍によって包囲されたレニングラードに暮らす17歳だった。略奪罪に問われて拘束された彼は、少し年上の脱走兵コーリャとともにある大佐から密命を果たすよう命じられる。娘の結婚式のケーキのために卵1ダースを今度の木曜までに調達せよと…。
激しく愚かな戦争のさなかに、娘の結婚式のために卵を手に入れよという愚かな命令を実行する若者二人。その二人が卵探索の旅の途上で出会うのは、飢餓によってむしばまれた市民、戦争の犠牲となる犬、ドイツ兵の慰み者となる少女たち。二人の心が壊れてしまっても仕方ないような筆舌に尽くしがたい体験の数々が続きます。
馬鹿馬鹿しさを通り越してどこか滑稽で仕方ない物語の進展と、決して避けて通れない戦争の厳しく無残な現実。主人公二人の間に交わされるのはあけすけな性にまつわる話と文学論。
心の針が交互に両極へと振り切れる思いのする書です。
最後にレフのもとをある人物が訪れるのですが、それはおおよそ予定調和的であって驚きや新鮮味を感じさせません。ですが、胸を引き絞る体験の連続の果てに、このエンディングはほんのりとした温もりをひとつ残すものとして、この物語にはやはり必要なものであったとも感じます。
ただ、ロシア人もあきれると目をぐるっとまわすのでしょうか。あれはアメリカの女の子に特有の仕草かと思っていました。
少年は、卵を探しながらなにを見つけたのか
★★★★★
戦時下のロシアで、ひとりの青年と、青年になりかけの少年が卵を探して旅に出る。命とひきかえに秘密警察から特命を受け、“卵1ダース”を求めてさまよううち、少年は極限状況に置かれた人間たちの姿を目の当たりにしていく。狂気、暴虐、死――、作者は第二次大戦当時のレニングラードの史実をふまえてこの物語を描いているのだが、数々のむごいエピソードを織り交ぜながらも、本書は主人公レフのナイーブなほどの感性と一見道化た青年コーリャのユーモアと懐の深い優しさを主軸に据えた、哀しくも可笑しい青春小説である。男ふたりの道中には恋愛、セックス、文学の話が飛び交い、表面上は反発しながらもレフがコーリャとの絆を深めていく様子がほほえましい。そしてすべてが終わった時に、喪ったものと残ったもの。戦争の残す傷跡の重みとともにラストは哀切がつのるが、作者はちゃんと人生の贈り物を用意している。
構成は作者同名の小説家が祖父の戦争体験談を聞き書きしたという体裁。どこまでがフィクションでどこまでが事実なのか、読後に読者を煙に巻くベニオフ、さすがハリウッドでは脚本家として活躍しているだけあり、映画にしてもさぞさまになるだろう小説だと想像する。見事にパズルのピースがぴたりとはまった、良質のエンターテイメント。
語りの妙!
★★★★★
デイヴィッド・ベニオフは『25時』でも、また『99999(ナインズ)』でも語りのうまさがきらりと光っていたが、今回はまさに彼の真骨頂。抑えた文体はときにtongue-in-cheekでありながら、戦時のほろ苦い青春譚を切々とうたいあげる。おとぎ話と思って迂闊に不用意に読んでいると、戦争の残忍さに直撃される。(被爆国)日本に育った人間としては、当然小学校時代に戦争ものを読まされているが、この作品の衝撃度は感受性がまだみずみずしい子供の頃に読んだ作品にも負けず劣らずである。いや、こちらの方が上かもしれない。抑えた文体、皮肉なユーモア、実録ものと見せかけたおとぎ話仕立て、といくつか工作がなされているだけに、シニカルな大人の心もより深く直撃するので。心のやわいところを、グサリと。
三人の若者に巡り合わせてくれたベニオフに感謝するのみである。とくに、コーリャの元彼女のソーニャに命の輝きを見た。
ページターナーとは、これ!
★★★★★
第二次大戦中のレニングラード。少年レフは敵の兵士の遺体から所持品を略奪し、当局に捕まってしまう。留置場で出会ったのが脱走兵の青年コーリャ。二人は五日以内に卵を一ダース探し出すという条件で命拾いをする。食料難にあえぐ町や敵軍が迫る最前線を行く二人をさまざまな困難が待ち受ける。やがてパルチザンと行動を共にすることとなり、レフはパルチザンの紅一点ヴィカに惹かれていく。終盤、三人はドイツ軍に捕らえられてしまうが、持ち前の度胸と知恵を発揮して絶体絶命の危機を乗り越えていく……。
ドイツ兵に囲まれ絶対絶命と思いきやパルチザンが現れたり、命がけのチェスの試合に臨んで仲間を救ったりと、主人公が何度も危機を切り抜ける場面で、作者の筆の運びは冴えわたっている。一方、ひどい食料難や、知識人への弾圧、戦闘で犠牲となる一般市民など、悲惨な光景もリアルに描かれている。しかし、なんといってもこの作品の魅力は主人公二人のキャラクターだろう。反体制的とされた詩人の父を誇りに思い、思春期の少年らしく性的好奇心が旺盛なレフと、減らず口ばかりたたくが、実は小説を書きたいという繊細さも持ち合わせ、男の先輩としてレフにいろいろ教えてやろうとするコーリャのやりとりには何度もニヤリとさせられる。