トランスヴェルサリテ
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フランスのラ・ボルド病院でおもに行われている「制度を使った精神療法」の紹介を中心とした重厚な本です。
この試みはずいぶん前からなされているようですが、わたしはこの本で始めて知りました。そして、非常に感銘を受けました。
「もしも病院やそれをめぐる制度がゆがんでいたら、そこで病を治療できるだろうか?」という意見に賛同したジャン・ウリが1953年にラ・ボルド病院を開院し、制度分析をつねに問いかける臨床実践を行ってきたことが、この本では紹介されています。
たとえば、スタッフの役割を固定しないということ、誰が患者か医師か分からぬ食事風景、クラブ活動やアトリエ活動などが紹介されています。
医師や看護師などの(本文ではステータスと呼ばれる)職務的役割を、つとめて固定しないという主張は興味深いものがありました。ただし、それはすべての役割を無に帰すような、いわゆる「反精神医学」的な実践を意味しないということ、そこで大事なのは「それは固定化していない」という理念や可能性が共有されている場の発明、であり、そのような考え方が、「トランスヴェリサリテ(斜め性)」という単語に凝縮されています。
みんな同じだという水平性でもなく、「上下関係」のような垂直性でもなく、動的で柔軟な「斜め性」の次元を作り上げることが治療的なのだという主張は新鮮でした。何より、実践よりも「理念」が先になくてはならないという点が印象的です。わたしが患者の立場でも、あるいはボスの立場でもいいのですが、何か役割が先立って固定されて重苦しいとき、それを緩和するには、その役割を現実に失くすことばかりが解決ではなく、「もしかしたら互いの立場を交換した人生もあったかもしれない」「今後、立場が変わることもありうるかもしれない」と想定するだけで、多少は違うのかもしれません。
また、固定化せぬこと、つとめて動的であること、つねに制度に向かってこれで良いのかと問いかけてゆくこと、など、臨床実践において参考になる記述がたくさんありました。ウリが「不安定なほうがいいのです、明日にもつぶれそうなほうがいいのです」と言っておりますが、それは本当にその通りだと思います。
自分の置かれた立場(職務的役割に限らず、内在化された役割分担なども含むと思いますが)や活動の根底にある理念をつねに分析し続け、距離をおいて客観的に観察することの重要性をあらためて感じました。
臨床に携わる方にお勧めの良書です。