乱歩の怪奇幻想の主題による変奏曲集の試み
★★★★☆
漫画家の東元が、初期の江戸川乱歩の「百面相役者」「双生児」「人間椅子」「鏡地獄」「人でなしの恋」「赤い部屋」という6つの短篇小説に題材を得て、『デカメロン』や『カンタベリー物語』のようないわゆる枠物語の形式で描きあげた怪奇マンガの作品集である。
乱歩の元ネタを知らずに読んでもいっこうにかまわない内容ではあるけれど、なるべくなら、先に原作小説に目をとおしたうえで本書を手に取られることを、私はお勧めしておきたいと思う。なぜなら、東元はほぼ全編にわたって思いきった改作をほどこしていて、ほとんど別物といっていいほどに作品の展開と結末を変更しているからだ。
私には、さながら江戸川乱歩の怪奇幻想の主題による変奏曲集とでもいった趣きがあるように感じられた。ディテールの矛盾や不自然さにおもわず突っ込みを入れたくなる個所もないわけではないが、おおむね読みやすくて巧みな構成と話術は評価できるんじゃないかなあ。
画風は好みによって評価が分かれるような気がするけれど(私としてはあまり好きでないタイプです)、本書の収録作品に登場する美女たちの顔と髪型とヌードの描線が、なにやら昭和40年代に手塚治虫が青年誌に連載していた劇画調を取り入れた作品群をほうふつとさせるものであることは、個人的になかなか興味をそそられる。
経歴によれば、東元は「ガロ」出身いうことだが、もしかして少年時代には「COM」のほうを愛読して影響を受けたのではないかしら? 私の評価はやや甘くしたつもり。
荒俣宏も推薦!
★★★★★
東元さんという漫画家はあまりメジャーではないが、乱歩の世界観を表現するのにとても適した、魅力的な雰囲気の絵柄を描く人、という印象。懐かしい感じがするのに決して古くさくも読みにくくもなく、ベテランらしい落ち着いた実力を感じさせる。調べてみると雑誌「ガロ」出身で、一貫して大正ロマン的な香りのする題材を描き続けてきたというが、ここへきて題材と才能がケミストリーを起こしたのではないか。
物語の方はさすが乱歩、面白さは折り紙付き。収録作は、有名な「人間椅子」をはじめ、「百面相役者」「双生児」「鏡地獄」「人でなしの恋」「赤い部屋」の6編。原作の「赤い部屋」は、壁も床も天井も真っ赤なビロードに覆われ、赤い蝋燭に灯された炎が揺らめく秘密倶楽部「赤い部屋」で、この世のあらゆる娯楽・遊興・快楽に飽き果てた会員たちが集まり、ゲスト会員が語る世にも奇想天外な体験談を聞いてひとときの慰みとする、という設定。この短編集では、6編の物語が全て、この「赤い部屋」で語られたエピソード、という体裁が取られている。もちろん東氏によるアレンジだが、この描き方によって、原作にはない、語り終えたあとの本人による後日談、というどんでん返しが加わり、原作ファンにも読み比べという新たな楽しみを与えてくれる。(原典とは全く異なる結末、というのはこのことだろう)
帯の推薦文は「帝都物語」などの荒俣宏氏。雰囲気のある推薦文も、単行本の「商品」としてのたたずまいをさらに魅力的にしている。裏表紙の「この「乱歩」は乱歩よりも凄い!」という惹句はさすがに言い過ぎかとも思えるが、原作未読の方には乱歩の怪奇な世界への入門編として、また既読の方には新たな解釈として(乱歩の有名な「悪癖」を巧妙に隠蔽しているのは個人的には好ましい)安心して薦められる一冊になっていると思う。