一見なんの変哲もない各章のタイトル(たとえば「Breakdowns=神経衰弱」「Treatments=治療」「Addiction=中毒」「Suicide=自殺」)は、実際には膨大な著者の知性を、さりげない仮面の下に隠している。故に本書は、流し読みをする本ではない。とはいえソロモンの卓越した表現力や主題の扱い方は、洗練された言葉遣いや情感のこもった表現とあいまって、頻出する資料や詩、引用などをも、待ちわびていたディナーの客が姿を現したときのような気持ちで読ませてしまうのである。
自身も長い間重度のうつ病に苦しんだソロモンは、その経験を読者と共有することをいとわない。最新の治療方法やさまざまな薬に関する情報については、彼自身が試した経験を踏まえて、詳細に述べている。また、新しく開発した抗うつ剤のプロモーションとして製薬会社が試みた奇想天外なステージ(ピンクフロイドやキックダンサーズなどが参加した)の話や、いくつもの精神病院へリサーチのために行った際の記録も公表している。そしてそうした病院で長いこと過ごすくらいならばむしろ、あらゆる次元の個人的な絶望と向き合った方がましだと思ったことなどが語られている。こうしたエピソードもソロモンにかかると、ただのショッキングな話にとどまるのではなく、うつ病がいかに社会的な枠組みを超え、人によって実にさまざまな形で発症し、もはや政治的側面も持つまでに至ったのだということを、白日のもとにさらす一助になるのである。
うつ病は、良くなったり悪くなったりする。しかし絶対に根治しない。しかし、ソロモンを見れば明らかなように、希望は、「道」―― いかに「うつ」とつき合いコントロールしていくか―― を見つけることによって見えてくるのである。