場末のジャズ・バーで一杯いかが?
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70年代「真夏の出来事」のヒットを放ち“お茶の間”に浸透しながらも、誰にも真似出来ない歌唱で孤高の存在となった平山三紀のジャズ・スタンダードアルバム。日本にもジャズ・ボーカルを“本業”としているシンガーは中本マリを始め阿川泰子、大橋美加や最近では鈴木重子など多数いる。彼女らのジャズがひたすら歌唱の上手さを追った「美しいジャズ」だとするならば、平山みきのこのアルバムはベクトル的に全く逆を狙った日本では非常に珍しい作品と言える。ニューヨーク マンハッタンのジャズ・クラブというよりは、もっと場末のジャズ・バーで飲んだくれのジャズ歌手が歌っている…といった風合いの作りになっており、平山のあの“投げやり”な歌唱が見事にマッチしていて実に良い雰囲気を醸し出している。「きっと昭和の時代には日本のあちこちにこういうジャズ・バーが絶対あったろうな」と思わせるような空気が漂っていて、何となく“セピア色”の雰囲気が全体を支配する。「真夏の出来事」に次ぐ彼女のヒット曲である「フレンズ」が4ビートにアレンジされ歌われているが、これがまた往年のスタンダード曲と並んでも全く遜色なく仕上がっていて感心させられる。またそういったスタンダード曲に対してはややもすると“解釈の仕方”などを論じようとする評論家がいるが、平山みきにかかればそんな批評は全く無意味。彼女の独特の世界はそんなものなど簡単にねじ伏せる魔力を持っている。きっとこの企画を思いついた人はまさに平山のその部分を引き出したかったのではないかと思うし、それがズバリ当った会心の作品と言えるのではないか。 蛇足だが平山みきはあの近田春夫の奥様で、この夫婦はまさに音楽界の偉才カップルであり、「業界に対して絶対に何かを仕掛けてくるのではないか」とずっと思っていたが未だ実現していない。しかしその期待は今でも消えてはおらず「平山みきは近田春夫のプロデュースで絶対にもうひと暴れするはずだ」と信じている。
幻のキャバレーで一夜限りのショーを……
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平山三紀が平山“みぎ”名義で活動していた87年に発売され、永らく入手困難だった異色作。架空のキャバレーのジャズ・シンガーに扮した“みき”が一夜限りのショーを繰り広げる……そんな演劇的構成が聴く者を奇妙な夢に誘う。
ショーの幕を開く「It's only a paper moon」に続き、彼女は少し投げやりな、あの誰にも真似のできない彼女だけの歌い方でスタンダード・ナンバーをいくつか披露。続いておなじみの持ち歌(「フレンズ」)をひとつ。さらに、まるで60年代のカヴァー・ポップス歌手のようなスタイルで2曲のオールディーズ・ナンバーを日本語で歌い、「Bye bye black bird」で客に別れを告げると舞台袖へ退場。アンコールに応えて再びステージに現れた彼女が不思議なバラードを夢見心地で歌い終えると、ショーは終わり、幻のキャバレーは夢のように跡形もなく消える。
彼女が歌えばどんな歌も「平山みきの歌」になってしまう……そんな彼女の“声”の貴重さをあっさりと証明する一枚。