素晴らしい演奏
★★★★★
この「第九」はわたしにとってベスト盤であるし、友人のあいだでも異論のある者はすくない。本来ならばすべての楽章について述べたいが、紙数に制限があるのでここでは第4楽章の声楽部分に焦点をあてて書いてみたい。むろん第1楽章から第3楽章も素晴らしいことは言うまでもない。
わたしは自分が声楽をやることもあって、「第九」をきくにあたってもどうしても声楽部分に注文がつきがちである。それは独唱者に対してもそうだし、合唱に対しても同じだ。
ここでの独唱者4人の布陣は強力であり、特にテノールのジェス・トーマスとバスのカール・リッダーブッシュは、たとえばワーグナーの題名役をうたうこともできる声の持ち主である。それはたんに声が大きいというだけでなく、オーケストラと合唱がトゥッティで鳴っているところでそれを貫いて飛んでくるだけの「強さ」が声にある、ということだ。
バスがソロで始まる部分は有名で誰でも知っているが、その声には威厳と豊かさが必要であるし、加えて音階が曖昧になってはいけない。テノールのソロについても(このディスクだとトラック5の4:38〜5:40にかけて)最後の高音に向かって弛緩することのない歌唱が要求される。
このふたつだけでも満足できなくなってしまうディスクはたくさんあるのだが、わたしにとって「ここは十全にできているか」という合唱パートの部分がもうひとつある。第4楽章全体から言うとだいたい中間になるが、音楽が緩徐部分にはいって合唱が飽和するような部分(トラック5の12:47〜13:10)の最後で、ソプラノ・パートが最弱音でG音を持続させる。かなりきつい部分である。そしてそこが終わると音楽は6/4拍子のアレグロ・エネルジコになって金管がファンファーレを奏し、今度はまたソプラノが変形された主題をうたうのだが、そこにテノールパートが決然とA音で入ってくる部分(トラック5の13:23)がある。いやしくもプロであればA音が苦しいとは言えないわけだが、ここをたっぷりと、しかも讃歌となる声でうたっているのはこのディスクにおけるウィーン国立歌劇場合唱団だけだ。それも、ベームのこの盤においてのみである。
いささか以上に技術的細部にこだわった文章になってしまったが、「最高に素晴らしい演奏」といった表現だけでは「なにかを言った」ことにならぬディスクゆえ、こうなった。楽典に疎いため計時を付記したが、その部分だけつまんでおききになっても無意味なので、横目で「ああ、ここのことか」と確認なさってください。最後まで読んでくださって、ありがとう。