ヒグドンが良い
★★★★☆
Jennifer Higdon
Violin Concerto
Pyotr Ilyich Tchaikovsky
Violin Concerto
Hilary Hahn, violin
Royal Liverpool Philharmonic Orchestra
Vasily Petrenko, conductor
2008 / 09 録音
最初にチャイコフスキーを聴いてみたら、全然面白くなかったので、ハーンも衰えたかと思ったが、ヒグドンが面白かった。
ヒグドン初演は、ハーンが、メイヤーを初演したアルバムViolin Concertosの延長線上にあると思う。
先行レビューアが、ハーンのヒグドンを、オイストラフのショスタコに例えていらっしゃいますが、確かに、その通り。曲もなんとなく似ているし。
言葉を失うほど、素晴らしい。
★★★★★
若くして既に巨匠の貫禄を漂わせるヒラリー・ハーン、12枚目のオリジナル作。先行する日本盤に遅れること4カ月での、待望のインターナショナル・リリース。ヒグドンが2009年5月、チャイコフスキーが2008年11月、ともにリヴァプール・フィルハーモニック・ホールでのセッション録音。共演に選ばれたペトレンコとRLPOは、ナクソスでのショスタコーヴィチ交響曲録音で秀逸な解釈と演奏を聴かせたコンビ。ブックレットには例によってハーン自身による楽曲解説(平易な英語は有り難い限り)が寄せられており、特に恩師であるヒグドンへの想いが伝わる文章は心温まるもの。
ハーンは過去11枚のアルバムで、バッハとモーツァルトとベートーヴェンを例外として、常に異なる時代の音楽を「背中合わせに」録音してきた。それはおそらく、21世紀に生きる音楽家としての自分自身に折り合いをつけるためなのではないかと思う。ロマン派の甘口の音楽を奏でていれば、確実なセールスは見込める筈だが、それを潔しとしないところに、この人の誠実さがあるのではないか。
ヒグドンについては、これが世界初演ということもあり、かなり聴き込まないと断定的なことは言えない。ただ本作がハーンという希代のソリストを念頭に置いて書かれたことで、後に続く奏者たちは「ショスタコーヴィチのコンチェルト1番におけるオイストラフの亡霊」を振り払うのにも似た努力を強いられることだろう。楽曲そのものは現代曲にありがちな取っ付きにくさを感じるものではなく、例えばシェーンベルクあたりを聴き慣れた耳には、どこか優しさに満ちたものである。
そして、チャイコフスキー。いつかは演るだろうと思いながら、ハーンの新作がこの曲と知って、期待と不安が相半ばする中で待っていたのだが、結果としてこれは最高の演奏である。過去のいくつかのアルバムで「冷たい演奏家」という印象を抱いていた人に、ここでのハーンのヒューマンなタッチは、少なからぬ驚きをもって迎えられることだろう。演奏技術は言うまでもなく完璧で、しかも微妙なニュアンスに富んだフレージングには、ただただひれ伏すしかない。またDG移籍後はあまり聴かれなかったハーンの「オケをドライヴする」演奏が復活していることも、個人的には嬉しい限り。ペトレンコとRLPOも、本作でさらに注目を集めることだろう。