今回メイルは、ナイフとフォーク、それにワインオープナーをしっかりと携え、第2の故郷プロヴァンスを旅立ち、フランス中を縦横無尽に巡っていく。彼の案内に導かれた読者は、人里離れた場所にひっそりとたたずむレストラン、驚くべき味を提供するミシュラン・ガイド掲載店、地元で開催される市場、年に1度のお祭り、そして我々に恵みを与えてくれるブドウ畑…と次々に「食」に関する土地を訪れることになる。
ヴォージュ山脈のふもとにあるマルチニー・レ・ベインズでは、週末じっくりと「エスカルゴの市」で過ごしてみよう。形は小さく控えめだが味は絶品のエスカルゴに会えるはずだ。ブルゴーニュ地方では「メドック・マラソン」の見物としゃれこもう。肥沃なボルドーのブドウ畑の中を走り去るランナーたちが、競技途中で行う栄養補給は赤ワインのテイスティング(なんと、かの名酒シャトー・ラフィット・ロートシールトも飲めるのだ!)。コートダジュールでは、海辺のレストランで食べたブイヤベースの味がきっと忘れられなくなる。それから、フランス東部ブルカン・ブレスの品評会へ、究極のチキンを探しに出かけよう。
ペリゴール地方の村々では、熱心なカトリック信者たちがある神聖な行事をとりおこなっている。それは、なかなか手に入れることのできない「黒いダイヤ」、芳醇(ほうじゅん)な香りを放ち、びっくりするほど高価なブラック・トリュフに感謝する催しなのだ。ほかにも、フランスで一番鼻にツンとくるチーズの名前(ノルマンディー地方のものだ)、パーフェクトなオムレツの作り方のコツ、旅の途中のレストランで満喫したごちそうのレシピも知ることができる。
さらに本書は、本気でフランスの美食体験を目指す人にとって不可欠なガイドブック、『ミシュラン・ガイド』を高く評価し、こう誉め称えている。
「この本にはフランス料理が誇る栄光と喜びが満ちあふれている。それでいて、いつ読んでも楽しく、肩の凝らない1冊だ」。
今回は、正に中国と並んで美食と料理王国フランスの食道楽の食道楽たる由縁・食祭りの旅を、食文化として活写しており、益々、イギリス人のユーモアとフランス人のエスプリの利いたピーターメイル節が冴えてきている。トリュフ・ミサに始まって、蛙、チキン、チーズ、カタツムリ等の食を楽しむお祭り騒ぎ、それに、メドックのワインを飲みながら走る仮装マラソン、ブリュゴーニの蔵本での至福のワインの試飲行脚等々興味深い話題を語りながら、食を文化に高め、食をお祭りに仕立てるフランス人の本質に触れる。
今話題のスローフードやダイエット等にも言及しているが、面白いのは100年以上の歴史を持ち世界最高のレストラン・ホテルガイドであるミシュランガイドについて語っていることで、ピーターメイルでさえ、ガイドの権威の本質・覆面審査の謎が解けず、審査員になるのを諦めた(?)話である。
カトリーヌ姫がイタリアからフォークを持ってお輿入れするまで、王様と雖も手づかみで食事を取っており、アルプスを越えた食文化が、この農業王国フランスで開花したのはそんなに古い話ではない。しかし、フランス人の食に架ける情熱とエネルギーには、大変な民族の裾さと深さがあること垣間見させてくれる、そんな食文化の本である。
特筆すべきは、翻訳臭が全くなく、自著のように素晴らしい日本語で語りかける翻訳者の力量である。