また、本書の理論が徹底的にイギリス文学を読み解くことで構築されていることも強調すべき点である。文学を丹念に読み解くことで、たとえば従来の家父長制あるいは産業革命以後の近代家族の枠組みで構築された性差の理論からは抜け落ちてしまう階級差の視角が取り込まれている。
本書でとりわけ重要な用語となるのが、男同士のきずなの上に成り立った社会制度を支える「男性のホモソーシャルな欲望」である。男性社会(ホモソーシャル)の裏面にホモセクシュアルが切れ目のない連続体としてありながら、ホモフォビア(同性愛嫌悪)がそれを切断する、というこの図式は有用な方法概念として広く流通していったが、セジウィックはそれをスタティックな公式として提示しようとしたわけでは決してない。シェイクスピアの『ソネット』からはじめ、19世紀中葉までを通時的に見通していくことで、ホモフォビアによる切断の地点を歴史化しようとするのが本書の主要な趣旨である。セジウィックによれば、その切断の地点は18世紀から19世紀に出現したゴシック小説において初めて見いだされる。20世紀以後の展開に関しては、本書の続編として『Epistemology of the Closet』(邦題『クローゼットの認識論』)がすでに用意されている。
セジウィックの文章は読者へのサービス精神に満ちており、理論書にして抜群のおもしろさを保っている。しかしなんといっても、本書の魅力は、実際のイギリス文学を相手にしたときのその手さばきと語り口にある。
ミシェル・フーコー『The History of Sexuality』(邦題『性の歴史1 知への意志』『性の歴史2 快楽の活用』『性の歴史3 自己への配慮』)に連なる必読の書。(木村朗子)