超情報密度の超傑作
★★★★★
切り裂きジャックものなんだけど、けっして正体・真相探しではなく、現に、犯人も目的も最初の方から明らかにされている。では、何が描かれているかといえば、一言で言うならば歴史。それも、あり得たかも知れないなどというあやふやな文言ではない。これまでに無数に発表された切り裂きジャック論、当時の関係者の記録、ホワイトチャペル周辺の風俗を重ね合わせることによって、矛盾のない歴史的事実が構築される。
これが偏執的で、登場人物はほとんど実在はしていて、セリフも当時の記述に沿っている。おそらく、背景の看板とかも実際にあったものなんだろうな。
また、ディティールの細かさと相いれないように思えるけど、もう一つの軸であるジャックの幻視が凄まじい。『ウォッチメン』の第4章に匹敵するかそれ以上の神の視点と神の時間。
この、再現された1880年代とジャックの幻視の間に見えてくるのは、20世紀の始まりであり、そして現在。劇場型犯罪、暴走する報道、無神経なヤジ馬、無数の自称ジャックからの手紙……そこだけ取り出しても、現在とまるで変わらない。
自身が20世紀の扉を開いた確信し、神の視点へと昇り詰めようとするジャック。
しかし、ラストはどう解釈するか。『ウォッチメン』同様、ディスカッションしたくなる作品。
巻末の注釈がまた凄くて、本編より時間かかった(笑)。間違いがちょろちょろと散見されたのが玉に瑕で残念。