海洋戦略の古典の迷訳
★☆☆☆☆
本書はコーベットのSome Principles of Maritime Strategy (1911)の完訳である。イギリスの海軍政策にも深く関与した人物であり、当時のイギリス海洋戦略を語る上で外すことのできない名著であるが、一般向けの翻訳としては本邦初である。
内容はひとまずおくとして、翻訳について一言。本文の最初の段落から誤訳が全編にわたって続き、日本語としても内容の理解に苦しむ文章が羅列されるのはどういうわけか。訳注は数多く付されているものの、意味不明な日本語の解読の助けにはなるが、本文に対する理解を深めるものではない。端的に言って、翻訳者(が誰かすら分からないのだが、戦略研究学会のメンバーが訳を分担したのだろうか?)が本書の内容を理解しているとは思えない。
本書はクラウゼヴィッツの制限戦争概念を敷衍して、海洋国家にこそ適合する戦争形態であるとする。制海権とは海上交通の管制を第一に意味する、という一般原則から交戦国間の戦力差による様々な制海権を巡る攻防や制海権の利用が論じられる。本書の中では特に海上交通管制・経済封鎖・陸海統合作戦などが現代に通用する概念として近年ますます注目を集めている。決戦を過度に追求して補給を軽視し、陸海軍の連携がとれなかった第二次大戦中の日本海軍の事例を考えると、本書が日本で受容されなかったことが歴史上で持つ意味が浮かび上がるように思う。
本書は歴史学的にも戦略論的にも重要な著作であり、早急に新訳が出ることを期待したい。それまでは原書を読まれる事をお勧めする。大変残念ながら、本訳書を購入するのはお金の無駄である。