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村上春樹はくせになる (朝日新書)

価格: ¥1
カテゴリ: 新書
ブランド: 朝日新聞社
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村上春樹がくせになったある一読者による一解釈 ★★★☆☆
本書タイトルにあるように、確かに村上春樹の作品とその文章には、ある種の中毒性がある。
でなければ、この出版不況の最中にその執筆のペースを崩すことなく、かつコンスタントに売
れ、ハルキストなる熱心な読者を獲得する小説家はいないだろう。

本書は、そんな村上春樹読者でもある文芸評論家による、村上春樹論。ファンだけに留まらず
評論家による論集も数多ある村上作品において、著者いわく本書の独自性とは、村上の作品
の中でもお世辞にも代表作とはいい難いルポタージュ作品『アンダーグラウンド』『約束された
場所で』の両作こそが、村上春樹の「ターニングポイント」であるというもの。そのため、二部構
成の本書はこのルポ作品二作以降の「変化以後」を扱う第一部と、デビュー作『風の歌を聴け』
からルポの二作以前の長編を扱う第二部という、特殊な組み立てになっている。

著者の指す村上のその「ターニングポイント」とはいったい何か。それは本書を手にとって読
んでいただきたいが、各章の作品読解は読ませるものになっている。僕はそこまで村上春樹
に思い入れがあるわけではないが、本書からこの著者の村上春樹作品への愛情度の高さが
ひしひしと伝わり、ファンならある程度は納得できるだろう。それはあとがきで明かすとおりこ
の本を著者があくまで「読者の一人」として書いたことによるのかもしれない。

だがしかし、本書で著者が解剖にかかる村上春樹作品の謎は、本当に解釈を欲している謎
なのだろうか、僕にはそれがわからない。
そのことは、本書『海辺のカフカ』を読解する章において、著者自身かの作品にちりばめられ
た「謎」を解読すること自体は「あまり大きな意味がな」く、「迷宮を飾る謎をすすんで見つけ
て熱心に推理したがる読者」への、「一種のサービス」としてばらまかれていると書いている。
僕が思うにこれは、「カフカ」に限らずほかの村上作品にも少なからず当てはまるだろうし、そ
ういうことを言っている著者は本書においてはそれら謎たちの解釈に精力を向けている。

それら解釈を欲しない「謎」というのが、村上春樹をくせにさせる一大要因なのかもしれないが、
それだけでは「中毒要因」としては弱いのではないか。村上春樹作品に通底する神話の普遍
的な構造に焦点をあてた大塚英志の近著の読後にこの本を読むと、そういう気がしてならない。
ハルキ論 ★★★★★
村上春樹の作品・作家論である。村上春樹の文体や影響を与えたであろう、地下鉄サリン事件、阪神淡路大地震などとの関係について詳しく論じられています。ところどころ、抽象的で考え過ぎではと思われる所もありますが、さすが、評論家、素人では中々洞察できないようなメタファーの解析などをしており、大変興味深く読みました。村上作品を何冊か読むと、この著者が言っていることもよくわかる点が多々あります。また、今後、村上作品を読む時に、違った視点で読める気がしていて楽しみです。村上作品を執筆時代ごとに解説しており、その時、作家が何を書こうとしたのかの解説も鋭く、謎解き本のようにとても面白く読みました。
村上作品に興味のある人は読んでみると良いと思います。
村上春樹は‘癒し系’? ★☆☆☆☆
 私には村上春樹の作品の良さが全く分からないので、本書でその良さが分かるようになると思い期待しながら読んでみたのだが、残念ながら村上春樹がくせになりそうにはない。
 「(『ダンス・ダンス・ダンス』における殺人事件で、結局犯人が明らかにされないことに関して)このようなことをまるで作者の落ち度を責めるように述べることができるとしても、それはこれを通常の『小説』として読んだ場合の不備にすぎない。」(P.73)と著者は述べているのだが、何故普通の小説家には落ち度になることが、村上春樹には‘十八番’になるのか理解できない。
 私見によれば村上春樹の作品は全て「こっち側とあっち側」(P.39)の二項対立の話のヴァリエーションであり、それ以上にはならない。‘光’と‘闇’を提示しても‘闇’に踏み込むことまではしないのだ。『アンダーグラウンド』と『約束された場所で』の2つのノンフィクションも、作者が現実に踏み込んだということではなく、自分の好きな二項対立というテーマにフィットして‘萌えた’から書かれたにすぎないのであり、『ノルウェイの森』で突然直子が自殺した理由は、直子の病気のせいではなく、作者が‘闇’に踏み込むのが面倒だっただけなのだと判断した方が自然だと思う。表現することに対する意欲が中途半端の感が否めない。いつも広げる風呂敷が大きすぎるのではないのか?
 村上春樹の作品は‘同情’は得られても‘驚嘆’がないのが致命的だと思う。
人間から読み解く作品論 ★★★★☆
村上春樹という作家はとてつもなく巨大で偉大な作家なのだろう。

一作家でありながら、人々の心を揺さぶって離さない。
その理由を本書では村上春樹の人生の歩みから、作品への影響を論じている。

そして締めには今後どのような作品を展開していくのかなど、
興味深い話題に触れている。
変化か、反復か ★★★★☆
 私は1964年生まれで、典型的な村上春樹世代である。ただ、長編6作目の『ダンス・ダンス・ダンス』あたりから違和感をもつようになり、それ以降は少し距離を感じている。ここで詳論はできないが、村上の長編小説は、基本的に疎外→寓話→現実という構造を反復している。ちょっとなあという気持ちが募ってくることは否定できない。
 本書の著者は文芸評論家で、近年の文芸批評が、知識や理論一辺倒になる中、敢えて平明な読解や解説の姿勢を堅持しており、私は好感をもっている。この本でも、村上の長編総てと、オウム真理教を扱った2冊、そして、阪神大震災を扱った短編集1冊について、非常に平易な解説がなされている。著者もいうように、論者個人の見解を強くおし出してしまう本が多い中、村上への、偏りのないガイド・ブックとして今後重宝されるだろう。
 当然、著者は村上に対して肯定的である。彼の作品は一貫性をもっているが、他方、どんどん変化しており、現実性や他者性を新たな形でとり入れているという。また、『海辺のカフカ』にギリシャなどの古典的な演劇的構造があるといった指摘も興味深い。
 ただ、その一方ではどうだろう。私自身は、本書を読んでも、一時期以降の村上に対する距離感はやはり変わらなかった。著者も、村上の作品の中に構造的な反復の部分があることを認めているが、変化と意欲の方を評価したいとする。しかし、私としては、やはり、疎外→寓話→現実の反復が続くことには疑問がある。別に、リアリズム小説を書けなどという気はない。しかし、次の長編も、また、主人公の疎外感から話が始まるのではないだろうか。