ある意味理想的な「怪談集」。新作一篇追加収録あり
★★★★★
”山”にまつわる怪異・恐怖談集です。
登山やアウトドアに無縁な方でも、否、むしろそういう方にこそ読んでいただきたい好著です。
様々なエピソードは「実録」らしく脈絡も派手さもオチもなかったりしますが「山・登山」というセッティングが非常に効果的で不思議なくらい違和感がありません。
その大きな理由は山の経験が豊富な著者が愛着を持ってその情景を描写されているからでしょうね。
各エピソードは数ページ程度ですが性急に「怪異」を描くのではなく、その舞台装置の的確な描写がなされているので読んでいて「味わい」があります。
凍てつく雪山の夜、仄暗い常夜灯が灯る真夜中の山小屋、真闇に沈む季節はずれの野営場など、絵だけでなくその場のもの淋しさまでがありありと浮かんで恐怖に拍車がかかります。
本書が一級の「怪談ばなし」足り得ているのは単に霊的な事象を描くのではなく、その怪異の裏に仄見える人の業や無念をきちんと浮かび上がらせることに成功しているからです。
例えばタイトルになっているエピソード、吹雪の山小屋に避難した男性と小屋の前で行き倒れた赤いヤッケの見知らぬ男性の遺体。
幽霊や亡霊の描写は一切無く、血の一滴も流れはしません。
しかし遺体を残して一人山小屋を出た男性の身に何が起きたのか?
事の顛末はまさに「背筋が凍る」こと受け合いです。
これを含めて多くのエピソードには、どこか一抹の悲しみや後悔、罪悪感が含まれています。
結果として読み手が感じるのは生理的な嫌悪感ではなく「感情としての恐怖」とも呼びうる深い余韻を伴うものなのです。
それは必ずしも忌むべきものなどではなく、笑ったり、泣いたりすることと同じように情操的にも好もしいものであるように思います。
そのためでしょうか、恐怖・怪談集でありながら本書の読後感は非常に良い。
又、最終エピソードには「恐怖」ではなく「癒し」の物語が配置されている辺りにも心配りを感じます(これがまたイイ話なんです)。
おかしな言い方になりますが、心地良くゾッとしたいなら本書はおすすめです。
無理なお願いかも知れませんが続編的なものを強く望みたいですね。