「うなじまで砂に埋まり、渇きによって徐々に喉をしめあげられながら、星空のマントのしたで自分の心があんなにも熱かったことがどうしてわすれられよう。」(『人間の大地』みすず書房 サン=テグジュペリ コレクション3 一六八ページ)
サン=テグジュペリにとっては、風や砂、星々、海といった自然と挌闘するときの人間の労苦こそが、人間を鍛え、生きるということの本質のように思えた。だから、頭!だけ砂の上に出して砂漠の夜を過ごす彼はこんなふうに思う。
「万一生きて帰れたら、おなじことを繰り返すだろう。わたしには生きることが必要だ。都会にはもはや人間的な生活など存在しない。」(前掲書一五七ページ) 多くの人々の生活は、自然にたいしてささやかな壁をこしらえ、人間としての条件を忘れることに腐心しているとしか彼には思えないのだ。
『星の王子さま』に出てくるキツネが、「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ」と王子さまに秘密を話す。その秘密は、とりもなおさず、砂漠という「なにものも歓びを約束してくれていなかったところで、もっとも熱い歓びを味わってきた」サン=テグジュペリの心の核心なのだ。貧しい砂漠の豊かさ!
なにを求めているのか分からないままにさまざまなものに囲まれ、その結果、私たちは、生きているという歓びで満たされることが希薄になってしまったのではないか。『人間の大地』は、そんなことを我々に考えさせてくれる。