Instead, the stunning colors of flames and the sight of a woman suffering within them seemed to give him joy beyond measure.
★★★★★
NHKのテレビ番組のJブンガクを見ています。
2010年の9月に 地獄変を紹介していたので読み直しました。
ただ美しい火焔の色と,その中に苦しむ女人の姿とが,
限りなく心を悦ばせる ー そう云う景色に見えました
というくだりを
Instead, the stunning colors of flames and the sight of a woman suffering within them seemed to give him joy beyond measure. This is how it all looked to me.
と訳していました。 最後のto me は思い至りませんでした。
へー,そう訳すんだと
地獄変 の中身と英語の勉強になりました。
英語にしてみると地獄変 の良さと日本語の良さを再認識できることが分かりました
対峙の先
★★★★☆
「偸盗」「地獄変」「竜」「往生絵巻」「藪の中」「六の宮の姫君」といった平安時代に材料を得た歴史小説である6つの作品を収録した短篇集です。とりわけ、「地獄変」と「藪の中」が秀逸です。
「如何に一芸一能に秀でようとも、人として五常を弁えねば、地獄に堕ちる外はない」
『偸盗』が良い。
★★★★☆
収録作は、
『偸盗』
『地獄変』
『竜』
『往生絵巻』
『藪の中』
『六の宮の姫君』
の六篇である。
メロドラマの『偸盗』が個人的に最も良かった。
よくできた芝居を鑑賞しているような感覚を味わった。
芸術至上主義の『地獄変』も良かった。
余談になるが、太宰治の『右大臣実朝』の語り口調は『地獄変』を参考としているような気がする。
お姫様が没落するだけの話である『六の宮の姫君』はなんとも言えない味があった。
古いものにしがみ付くばかりで前に進もうとしない、或いは前に進むという感覚自体を持たないお姫様。
一見して哀れだが、不思議と同情は湧いて来ない。何もしないでいればそうなって当然だ。
何が悪いのか、誰が悪いのか、モヤモヤした感覚が読み手の胸に支える……。
地獄変がおすすめ
★★★★☆
「偸盗」は芥川らしくないメロドラマだなーと読んでいたら、芥川自身も自分の一番の悪作だと自嘲していたとか。「地獄変」は自身の娘が焼け死ぬ様を題材とした作家の業と人間性の対立を描いていて、この短編集のなかでは一番好きな作品です。「藪の中」は一つの事件を様々な人の視点から描いて構成の妙を楽しむことができます。
「羅生門」「鼻」「蜘蛛の糸」などに比べれば、知名度は劣るかもしれませんが、「地獄変」「藪の中」を読むためだけに買ってしまっても良いかもしれません。
芥川自身の話でもある。
★★★★★
「地獄変」という作品を考えたい。
「地獄変」の主人公は 絵描きである。絵に取り付かれた余りに ついに実の娘が火炙りになってしまう場面ですら 絵筆をとって 描いてしまう芸術家として 芥川は書いている。
要は 芸術という「悪魔」に取り付かれてしまった芸術家の話である。芥川の最後を知っている僕らからしてみると 「地獄変」の主人公はどうしても芥川自身に重なって見えてしまう。
芥川龍之介は 稀に見る鋭敏な文学的神経を持っていた。余りに「鋭敏」であった事が彼の不幸であった。良く切れる剃刀は 持っている自分自身を傷つけてしまうことは 髭剃りの話だけではない。う。
その意味で そんな剃刀など捨ててしまえば 芥川には市井の幸せもあったかもしれない。但し「地獄変」の主人公同様 芥川は 自分の芸術に取り付かれてしまっていた。手にしていた剃刀が自分に向かってくるのを 芥川はどんな思いで見ていたのかは 例えば「歯車」あたりを読めば僕らにも想像くらいはつく。
「地獄変」の主人公は 絵を書上げた翌日に縊死したと芥川は書いている。そうして その姿は 芥川自身の将来の予言ともなった。