秀作ぞろい
★★★★★
山田風太郎が昭和30年代に発表したサスペンス・ミステリ12編と連作の表題作を収録。
小市民の心の奥底に眠る欲望,ズルさ,やりきれなさを描写していく著者の筆使いの巧みさは今読んでもまったく古びていない。逆玉にのった男が女性関係を整理(?)しながらいつまでたっても逃れられない巻頭の「鬼さんこちら」に始まり,「吹雪心中」のゾクっとする雰囲気など読み応えたっぷり。
そして「それでもおれは,君に手錠をかけねばならん」というセリフで締める八坂刑事シリーズの表題作10本。それぞれが様々な事情を抱えながら,やむにやまれず犯罪に手を染めていく哀しい人間を描きだしていく・・・。
年譜をみると,この時期の著者は物凄いペースで作品を発表しているが,ほとんどハズレがないということに改めて驚く。天性の物語作家が忍法帖で大ブームを巻き起こす直前には,こんなミステリーを書いていたというのは,非常に興味深い。