運命に従順な目
★★★★★
キリスト教の中では、「羊は義しき(ただしき)もの」
などというらしい。
この世で行った行為を善悪として考えず、
人の中にあるもの、その人の中で起こっていることにだけついて考えれば
著書の中の羊の目をした男は”義しきもの”
そしてその目は”運命に従順な目”
そんなふうに感じました。
私が生きている世界は何処へ行ってもグレーゾーン。
白か黒かを口にすれば、白か黒かを追求すれば
たちどころに非難されてしまう…
正義感だけでは生きていけない…
白黒ハッキリさせる世界が羨ましいところも正直ある。
しかしながらそこには自ずと肝の据わった覚悟が必要となる。
己の肝について改めて考えさせられるような著書でした。
人は皆迷える子羊…
★★★★☆
時代を超えて国を超えて闘争に明け暮れる神崎武美がやがて自問する神の存在。それでも運命は神崎に終の住処を与えない。自分を育ててくれた博徒を実の親以上に慕い、稀代の侠客となった神崎武美の波瀾万丈の人生を描く。
骨太の物語で中盤まで快調に読ませるが、やや話を膨らませ過ぎた感があり、後半薄味になってしまったのが悔やまれる。
誰もが羊を見る目になる
★★★★★
震えた…
魅力的な登場人物、煩くない情景・心理描写、予想のつかない展開。
すべてにやられた。
ヘタなハードボイルド、ヤクザ映画、Vシネなんかは吹っ飛んでしまうほどのインパクト。
俗っぽくなくディープさにはやや欠けるが、カリスマ性を感じるのは通俗さを廃した効果か。
ツキや運に頼ることなく、期待も見返りも求めず健気で狂信的に突っ走る主人公に自分を重ねることはできないが、同情せざるをえない。
アメリカでの救済や最後の孤島での因縁は、強引なストーリー上の辻褄合わせとは読めず、
むしろ、「武美にもっと愛を…」と懇願する気持ち。
羊を見る目と言えば「神」になってしまうので、その仲介者としての立場で。
誤解を恐れずに言えば、日本男児必読の書である、と。
武士道であるとか職人気質のような魂、アイデンティティがあるのであれば、こういうのもあっていいんじゃないか。ある種、もっと根源的なものかもしれない。
「〜の品格」なんかを読む前に。
羊の目をした男の話
★★★★★
戦前・戦中・戦後、激動の昭和を苛烈に駆け抜けた男の数奇な人生。
主人公・武美はどこまでもひたむきに辰三を親と仰ぎ献身を捧げる。
辰三に仇なすものは容赦なく葬り去り、辰三が死ねといえば過たず死ぬほどの忠誠を誓う武美の姿は切ない。
しかし武美の目はどれだけ人を殺しても汚れない。決して濁らない。
辰三の命により背中に彫った獅子とは裏腹に、どれだけ手を血に染めても、その目だけは生まれ持った純粋さを失わず澄み続ける。
「私は神を信じません。
私が信じるのは親だけです」
侠客の物語である。
おそるべき暗殺者の物語である。
あまりに哀しい男の物語である。
羊の目をしながら群れからはぐれ、羊として生きられず、一匹の獅子として修羅に身を投じた武美。
売られ裏切られ遠い異郷の地に身をひそめても一途に辰三を信じ、辰三の為にできることを模索し続ける生き様に胸が苦しくなる。
沈黙者ーサイレントマン、神崎武美。
静かなる暗殺者。
神を信じず、唯一の親だけを信じ仰ぐ無垢で孤独な羊。
神とは、救いとは。
昭和の闇の永きを彷徨する孤独な魂は救われたのか。
武美が最後に回想する情景の美しさには涙が出る。
壮大なドラマなのに…
★★★☆☆
一人の侠客神崎武美の壮絶な人生を描いた長編小説。彼の行動の根底にあるのは自分を育ててくれた「父」への忠誠である。実際にはその「父」辰三は、自分のみを守るために武美を見放したり、売ったりするのだが、武美の人生は辰三への恩義が全ての人生なのである。
夜鷹の母が武美を産み落とし、辰三に託すまでの冒頭の短編「牡丹の女」は人物描写も繊細で、今後の展開を期待させる傑作なのだが、そこから先は、どうも作者の筆があらすじをなぞらえるばかりで、表現も直接的で乏しい。もっと丁寧に丁寧に描いていけば、読み応えのある大作になったと思うのに、残念。