過ぎし繁栄の回想
★★★★★
12世紀初頭の孟元老が、宋の都ベン京(開封)の繁栄を想いおこして書いた記述の翻訳である。
宋 ― それは文化的に爛熟した王朝であり、唐末・五代の戦乱を制して平和を回復した時代であった。文化的にも成熟し、繁栄の都ベン京(開封)
には日本僧も多数訪れた。孟元老がベン京にいた時の皇帝は風流天子として知られた徽宗の時代であり、文化的には最盛期にあった。しかしその宋の平和も北方民族との軋轢の狭間での平和にすぎず、1127年に金の侵攻で陥落してしまう。南に逃れた宋の遺民は南宋をたてて、かつてのベン京での日々を想いおこす。孟元老もそうした一人であった。
本書の解説にもあるように、孟元老の文章というのは決してうまいものではなかったらしい。しかしながら本書で挿絵として多用された「清明上河図」を一目みればわかるように、宋の繁栄というのが現代の我々の目からみても、決して過大表現ではないことがみてとれる。孟元老がその拙い筆によって、故都の繁栄ぶりを書き留めずには入られなかった焦燥を、我々が実感として知ることはできないが、本書によって感覚的に知ることができる。
彼が繁栄を誇った故都の寺院・酒場・イベントの記述をする際に、いかなる想いで書いたのであろうか。少なくとも彼が故都にいたときにはこのような記述をするとは夢にも思わなかったであろう。そのことは我々が普段すごしている日常が突然消滅し、全く別の地で想い起こすという経験をするようなものかもしれない。