生きるとは
★★★★★
登場人物はすべて実在した人物。
江戸時代の武家社会の実態がリアルに描かれている。
ある意味では、現代よりも生きるための智恵が豊富だったような気がする。
とにかく、入念な史料の収集による作品だけに、
読者への説得力がある。
現代社会へ生きることの品格を問う珠玉の一書。
湘南ダディは読みました。
★★★☆☆
新発田藩家老、溝口半兵衛は藩の歴史の編纂を終わった後、藩務のかたわらこれまでに様々な働きをしてきた家臣たちの家々の小史を纏め上げた世臣譜19巻10冊を残したそうです。
乙川さんはこの記録に基づき家老半兵衛を含め7人の武士の生き様を8話に仕立て上げた作品です。
普段から飢饉に備えその日その日の米まで蔵に貯蔵して管理している四郎右衛門には世間で吝嗇との噂が立ち、本人もそれを気にしているのだがある日、下僕の不注意で城まで延焼させてしまった。切腹を覚悟して沙汰をまつ四郎右衛門と、思いがけなくも四郎右衛門に寄せられる暖かい周囲や妻の対応を描いた「新しい命」、子ができぬため離縁されててしまった主家の奥方に対する儚い憧れを忘れられぬまま、代官にまで出世した吉右衛門が何十年もたってから老いた奥方を実家に見舞う「きのう玉蔭」、お役御免になった静左衛門がこのまま老い朽ちていく自分を納得できず、酒の酔いにまかせて兵法の達人に挑みかかるが苦もなく組み伏せられてしまったりしながらもなお意気地をもって生きていく姿を描いた「晩秋」、病む老父が昔、勘定奉行岡島新右衛門に旅費を立て替えてもらっていたことを思い出しそれを返すように言われた息子が、父と同年代の老雄達の勇気と誇りを知らされる「静かな川」等どの篇にも真に潔く武士の矜持を貫いた男達の生き方がそれに相応しい格調の高い文章で淡々と描かれています。
溝口半兵衛が露の玉垣を書き始める決意をする時点から始まり、時代はいったんさかのぼって先人達の話をそれぞれ共通する人物を登場させながら語り継いで最後に再び、露の玉垣をほぼ書き終わる頃の半兵衛のエピソードにもどる構成で、読み通すと名もなき武士とその家族達によって支えられてきた新発田藩の小史が浮かび上がってきます。(ロングバージョンのレビューは http://shonan.qlep.com/のレジャー→エンタメでどうぞ)
歴史小説風
★★★★★
初めて実在の人物で描いたと謳った歴史小説風武家物の短編集。新潟の新発田藩に実在した家老が書いた家中の家々の歴史やエピソードをまとめた本をもとに、乙川風の味付けが加味されている。とんでもない変わった人もいて、「実在」とされていなければ、まさに作りすぎと思えるような人もいて可笑しい。私のお気に入りは「宿敵」。厳しい内容だけれど、しみじみとした情感があって、いつまでも心を離れない。乙川作品は人の心をじっくりと書くことにかけては定評があるが、この短編集もその時代を必死で生きてきた人々の姿を丁寧に描いている。それにしても新発田という所は災難の多いところだったのだなあ。みんなよくその時代を生き抜いて今に至っているなあと、新発田の人々に感心してしまう。