「マラコット深海」は、ドイル最後の小説。マラコット博士に率いられた、海洋学者へドリー、機械工スキャンランが、潜水“箱”に乗り込み、未知の深海に旅立つ。ところが、途上、事故で沈んでしまい、そこで遭遇したアトランティスの末裔たちに救い出される・・。1世紀近く昔のSFながら、道具立は古びていない。水中で呼吸ができ、海水から食料を合成する機械、思念を映像化する装置、水素より軽いレヴィゲン・ガス・・etc。今の創作に与えている影響(古くは「ドラえもん」など・・)も多分にうかがえ、とても興味深い。むしろ、19世紀を生きた作家のイマジネーションに、かなり驚かされてしまう。
研究の鬼だけど、味わい深い人間味も見せる老教授マラコット、それゆえ彼に手を焼きながら付いて行くへドリー。そして、二人だけで行かせては男の名折とばかり、“棺桶”に勇んで乗り込む好漢スキャンラン。登場人物は非常に魅力的。怠惰に生きるアトランティスの人たちとの対比、徐々に溶け込んでいく様がとても生き生きと描かれている。(とりわけスキャンランは、ドイル作品には珍しい口八丁で陽気な人物)アトランティスの女性、モウナとへドリーをめぐる恋愛描写も、いかにもドイル好みの秘めやかなロマンス。
クライマックス、物語はユートピア譚から、ドイルが晩年のめり込んでいた心霊・オカルトの世界へ。全能の邪神、“黒面魔王”バール・シーパと、マラコット博士の息詰まる一騎打ち。初めて読んだ時は、洗練されたSFに、得体の知れない何かが割り込むダイナミックな展開に、驚き、興奮したもの。今でも、エンタティメントというと、この作品がまず思い出されてしまう。