懐かしき哉、昭和の東京の人たちよ
★★★★★
“昭和の東京”の風景が立ち上がってくるエッセイを収めたアンソロジー三冊。先に読んだ「天の巻」「地の巻」もそれぞれに味わいがあってよかったけれど、贔屓にしたい魅力的なエッセイと一番多く出会うことができたのは、本書「人の巻」でした。
“昭和の東京”に生きた江戸、明治、大正、昭和生まれの忘られぬ印象を宿した人たちがあちこちに登場し、東京の町中を闊歩し、店を営み、戦前から戦後の大変な時代を生き抜く様子を垣間見てゆく面白さ。人情も人間味も十分にあった彼らの暮らしぶりを覗き見てゆく楽しさ。味わい深い、旨味のあるエッセイの数々を堪能させられましたね。
本書には、「職人・商人」「芸人」「遊び人」「怪人奇人」「文士・学者・画家」「女たち」「庶民」の大きく七つの部屋の中に、合わせて五十八のエッセイ、短文が収められています。なかでも、スポットライトを当てたその人となりが生き生きと活写され、それぞれの人物の個性のきらめきを感じた次の十のエッセイがよかったです。
色川武大「善人ハム」、沢村貞子「横丁の粋人」、内田栄一「おでんや 刺青(ほりもの) 家主」、野尻抱影「汁粉の殿様」、川口松太郎「一平、かの子、太郎」、谷川晃一「甲斐先生の思い出」、阿部 定「阿部定事件予審調書」、種村季弘「蘆原(あしはら)将軍考」、吉川義雄「旗本くずれの噺家・古今亭志ん生」、加太こうじ「斎藤銀造伝」。
それと、本書中、おしまいから二番目に掲載されている片山 健のエッセイ「わがまち・消えた野球場」に、武蔵野市にあった東京グリーンパーク球場のことが記されています。本文庫を読み終えたあと、何の気なしに、過日購入した単行本、川本三郎の『旅先でビール』をぱらぱらとめくっていたら、この東京グリーンパーク球場が出てきたんですよね。「あっ! ここにもおんなじ球場があ・・・」と、立て続けの邂逅にちょっとびっくり。
種村季弘の見事なアンソロジー、『東京百話』。このシリーズ三冊のことを教えてくれた『自分だけの一冊―北村薫のアンソロジー教室 (新潮新書)』に感謝!