「結祈(ゆき)、おまえ一人で闘わねば、ならないんだよ」「闘うってなによ?闘いなんて嫌だよ。」
★★★★★
著者のあさのあつこさんは多くのベストセラーを出した後も、
人と情報が渦巻く東京ではなく、生まれた地の岡山県美作(みまさか)市で日々を過ごしているらしい。
美作は、国道沿いにはショップが並ぶ市街地もあるが、一歩入れば静寂が包む田舎的風景もふんだんにある。
お米や水がおいしくて、東京じゃいくらお金を払っても味わえない。すごく豊かなところ。それが私の印象。
その美作市を舞台にしたと思われる「東湖市」に住む中学生の女の子が主人公。
現国で日記を書く宿題が出され、体育の授業でサッカーをして楽しかったと書くような、どこにでもいる普通の女の子。
でもある日、黒い闇の影を見たように感じ、その日から、彼女を取り巻くいろいろなものが急に激しく動き出す。
怖い何かに巻き込まれ、とまどい、悩む。
だけど、大好きな自分の街を、家族を、そしてみんなを守りたい…彼女は精一杯、闘おうとする。
優しい心ゆえ、闘うことに悩む彼女を見たおばあちゃんは、彼女にこう言った。
…おまえの優しさは「救い」となるかもしれない…「闘うためじゃなく、救うために生まれてきた」…と。
この作品を読んで、80年代、私が高校生の時に読んだ幻魔大戦(角川文庫)を思い出した。
高校生の男子が、ある日超能力に目覚め、「正義と悪」や「仲間」について思い悩み、
また、「自分だけがなぜ闘うのか」という問いに、心がつぶれそうになりながらも
“サイキックソルジャー”として超能力をフル稼働させて戦う、ってストーリー。映画化もされた。
一方「暗き夢〜」は女性作家の作品だけあって、超能力が飛び交う手に汗にぎる展開というのとは違う。
おそらくあさのさんは、自分の子どもに語り聞かせてあげるような感じで、この作品を書いていったのだと思う。
等身大の心をもつ主人公と同年代の中学生が、日常の、通学途中の電車の中とかで読むってのが一番合ってる。そんな感じ。
でも、東京の中学生は、あまりに混んでて電車の中じゃ本なんか読めないか…お気の毒。
「時空ハンターYUKI 」を改題した文庫版です
★★★☆☆
この作品は、「時空ハンターYUKI (1) (カラフル文庫)」を改題・加筆・修正されたものです。
知らなくて購入して驚きました。
三部作予定ですので、今から購入するのでしたら「時空ハンターYUKI 」よりこちらをどうぞ!
ありがちな冒険ファンタジー?いいえ、すぐれた思春期小説です
★★★★★
平凡な少女・結祈(ゆき)は、ある夜恐ろしい夢を見た。結祈は、遥か古代から続く「闇のもの」と戦う超常能力を備えた一族の血筋をひく存在だったのだ。「闇のもの」との世界の運命を賭けた戦いが、始まった!
・・・というふうに本書の設定を紹介してしまうと、実にベタである。和風に味付けしてあっても、それ自体まるっきし珍しくない。夜中の異変、悪夢、突然の「使命への覚醒」。ありきたりの極地と言えよう。
だが、そこは思春期の少年少女を描かせたら右に出るもののない、あさのあつこである。
本書は決して記号的な冒険ファンタジーではない。使命に覚醒し−すなわち「自立」への旅立ちに際会して揺れ動く少女の心理がきっちりと描かれる。また、「闇のもの」妖怪ですら、単なる「退治されるべき対象」ではなく「共感可能な存在」として立ち現れる。この世界における怪物は、決して経験値を稼ぐための「記号」ではないのだ。しかし戦いの場において「敵に共感する」ということほど危険なことはない。「揺れ動く」ヒロインの造形は思春期のリアリティに満ちているが、それで彼女は恐るべき敵との戦いを生き延びることができるのか?
続巻が、待たれる。主人公・結祈(ゆき)の名前が「結び・祈る」というのも、何かのメッセージが籠められているのかもしれない。