そのITを利用し、製造業における金型設計・制作ソフト「KATACAD」を独自開発し、従来45日かかっていた携帯電話の金型製作工程を、45時間にまで短縮したのが株式会社インクスである。本書は、3次元CADとの出あいから、インクスの設立、そして独自のプロセスを開発して24倍の生産性向上を実現するまでがつづられている。
製造業における「日本の強み」とは、神業的な職人芸を持つ匠による、金型製作にあった。しかし「成功体験が変革への最大の抵抗勢力となって、一転して時代に取り残されてしまう。そうなる前に、ITを駆使したまったく新しいモノ作りの仕組みを作らなければならない」という信念から、山田は、金型作りの暗黙知を目に見える仕組みへと変えていくことを目指す。
「匠の技がシステム化されていく」現実に関して、寂しさにも似た感情を抱く人も多いに違いない。現に本書でも、熟練工の嘆きに触れている箇所がある。しかし山田は、「守られるべきは『彼がいないとできない』という幻想ではなく、目に見える仕組みの中に宿る『彼がいたからできた』という技術の連鎖である」と述べている。こうして生産の効率化を追求していく結果、最終的に残るのは、アイデアとデザインという、“ブランド”の部分になるのだ。
本書には、これからの製造業がどういう進化をとげるべきかというモデルケースが提示されているとともに、日本が“ブランド”力で勝ち残るためのヒントが隠されている。製造業に携わっている人だけではなく、ITが産業に与えるインパクトについて考察したい人すべてにおすすめしたい本である。(朝倉真弓)
この本は,金型産業という製造業の基盤を支える産業の一事例を紹介したものであるが,製造業全般の人,特に技術系の人には大いに参考になると思う.IT革命と言われて久しいが,革命といわれるほど大きな波がどこに押し寄せているのか,うすうす感じつつも実感できないのが実情であった.ところが,この本は鮮明にそのことを描き出してくれている.
特に印象に残ったのは,1)従来は設計,試作,金型製作という分野でそれぞれ設計図を元にやりとりしていたが,設計から金型製作まですべてをコンピュータの中で行い,従来の1/24の時間でできるようになった.2)これまで神技といわれるような人間がやっていた仕事をすべてIT化して,人間のあいまいな判断をなくした.3)日本はこれまで品質とコストを目標にしてきたが,インクスはスピードが命である.インプットとアウトプット以外はコンピュータの中ですべて処理されるので,いわば光速で処理している.4)今後10年以内に製造業に30倍程度の生産性向上が起こることは夢ではない.原価が1/30になるのだ.更に50倍,100倍の生産性向上をめざしているが,まったくの夢ではない.等々
私は以前,ドイツの名車ベンツに日本の三菱のエンジンが載せられているという話や,時計といえばスイスと決まっていたのが,日本が追い越し更にアジアへと移っていった,という話を思い出した.技術というものは,固執して極めていただけではいつかジャンプして追い越されてしまうことがあるのだ.ITがその大きく転換させるエンジンなのだ,ということをこの本は詳しく語ってくれている.これこそ革命なのだ,ということがよく分かった.日本は今がジャンプする最大のチャンスである.従来の技術にとらわれて数%の改善に一喜一憂している時ではない.目を大きく見開き,この大きな波をうまくとらえ次のステップに踏み出さなければならないと強く感じた.詳しくは,本書を読んでいただきたい.