詩と文章が交錯する天才の傑作
★★★★★
大正14年の夏、鉄道省の主宰する樺太観光団に招待された白秋の紀行文。全編、楽しさのあまり異常なハイテンションの世界に、ギョッとなる人も居るかもしれない。北原白秋は、「批評家」の批評が入り込めないほどに完成した純粋に言語と感性の織りなすほんものの「詩歌」を生み出し続けた、まさに空前絶後の大天才だが、丁度音楽のモーツアルトの如き天才にある幼児性は、誰しも気付くと思う。本作品でも、まるで赤ん坊のような無垢でわがままで陽気な作者の性格は、全編からにじみ出ていて驚くほど。同行の人々も、なにやら怪しげで、得手勝手、金融恐慌前夜のバブルの大正末期の一断面かもしれないが、そういう史的な背景を忘れて、作品の唐突且つ奇妙なテンションが楽しいのだ。しかし、それにつけても作者白秋の「詩王」の面目は躍如、その巨大且つ豊饒な語彙量、言葉の色調、匂いなどなど、余人の追随は許さない。北方の夏は余すところなく表現され体感できる。詩と文章が交錯し、何処から何処までが文章で詩なのか分からないほどに、詩の言語で溢れている。万葉歌人が歌と話言葉に区別がなかった姿を白秋にみることが出来ると思う。
妙に陽気な白秋
★★★★☆
大正末期,白秋は横浜から船出し,津軽海峡,小樽を経て,樺太横断の旅に出た。そのときの紀行文が岩波文庫の「フレップ・トリップ」(北原白秋)。フレップ・トリップとは,赤い実と黒い実を意味するという。
もっぱらオンボロ自動車に乗って,危険な山道を往ったりしながらも,一読して,ずいぶん陽気な旅だなと感じる。書き出しは,「心は安く,気はかろし・・・」。もちろん,時代背景もあるだろうが,白秋自身,二人目の子供が生まれた直後で,私生活,創作活動ともに充実した時期だった。
白秋は,よく見て,飲んで,食べて,外地(植民地扱い)であった当時の樺太の人々の生活や交通事情を詳述しているのはもちろん,ところどころに詩や子供への手紙を織り込むなど,自由自在な書きっぷりで,レトロな旅気分に浸れる。最後は海豹島でのアザラシの群れを描いたハーレムの王と題する一連の詩で締めくくり。気楽に読める本として,お薦め。