犬をめぐる多面体
★★★★☆
自宅に帰ったら犬がいたという導入から始まる、女性らしき「私」とメスの「犬」とその子犬たちの奇妙な関係を描いた幻想的な小説です。犬といえば支配と服従。例えば松浦理英子さんの傑作「犬身」のような純愛小説ができあがりますが、この小説もそうした側面をもっています。普通は支配される「犬」のほうが、その美しさと威厳で「私」を支配する。
しかしそれではなくて、演劇的、寓話的、告白的と断章ごとに変化する文体はすべて「私」の過去や内面の説明にもなっていて、「私」と「犬」は同じモノという側面もあります。一人の人間の内部における支配と服従。
さらに、「犬」とのかかわりを通じて「私」が変わっていく成長小説の側面もなくはない。語り直される祖母との関係や、若く美しい女性とレイプ、女性同性愛、赤ちゃんの死体など、「私」=女性が全面に出ています。
謎を解明していくような本ではなく、「私」をめぐっていくつもの謎が増殖していく本。具体的なエログロ場面がないから余計にエロチックでグロテスクに感じる本です。現実と幻想の境目を意識しないで読んだほうが楽しめます。