現在の社会保障制度は「制度疲労」
★★★☆☆
現在の社会保障制度が家族・企業・社会の変化に適応できず、いかに制度疲労を起こしているかを分かりやすく描いている本です。ただ、感覚的・情緒的な論理展開で説得力を欠いているのが惜しまれます。
・「標準的なライフコース」と「最低限の生活保障」の間を埋める仕組みがないというメッセージについては、「標準的なライフコース」の「人並みの生活」の定量的説明が不可欠です。「ミニマム・インカム」によって「人並みの生活」を税で保障することに国民は納得するのかどうか。税は「最低限の生活保障」で、それ以上の「人並みの生活」は別な方法によるべきなのではないでしょうか。
・「生活保護」の記述には事実誤認が多くあります。たとえば、「生活保護は働けるのに働く場がない、働いても収入が少ないといった人々を救い出す制度ではないのだ」と言っていますが、生活保護の制度と運用を混同した批判です。
・「ベーシック・インカム」、「負の所得税」、「年金マイレージ」などの提案もメリットだけを羅列しデメリットの記述がないのは客観性に欠けます。「年金マイレージ」を実現するには「国民総背番号制」の導入が不可欠ですが、それはどう考えているのでしょうか。「ベーシック・インカム」による「一定の生活水準」と、筆者が否定している「最低賃金」や「失業給付」の水準とはどういう関係なのでしょうか。丁寧な説明が求められます。
筆者は「社会保障制度の専門家でないがゆえに、大胆に考察し、大胆な改革案を構想できるのだと思っている」として、「研究者の空理空論」であっても武川正吾福祉社会学会会長(東大教授)の「漸進的な改革のためには根源的な思想が必要だ」との言葉を引用して正当化をしようとしていますが、意味のある政策提言には事実の丁寧な検証と論理の緻密さの上になされた分析や、フィージビリティを念頭に置いた実現までの道筋を示す誠実さが必要だと思います。
新書と学芸書の間
★★★★☆
日本の社会保障システムが
いかに時代に適していないか、が分かりやすく
説明されています。
キーワードは「ワーキングプアの出現」と
「ライフコースの不確実性」。
独身中年、バツイチ、非正規社員。
それぞれの生き方は、もはや少数派ではなく無視できない。
晩婚化・離婚増加・不安定雇用化という流れを、
止めることはもはや現実的ではない。
高度経済成長を背景とした典型的なライフコースである
「正社員―専業主婦」「自営業家庭」から外れても、
不公平感なく人生を歩んでいけるよう社会保障の再構築を説きます。
著者の主張でユニークだと思ったのは、
ワーキングプアの存在を、ある意味肯定しているところです。
派遣の禁止や、最低賃金の引き上げを謳っていません。
(ここらへんが民主党の政策と異なる。が、著者の政策の方が現実的だと思う)
ワーキングプアを根絶するのではなく、
ワーキングプアであっても生活できるように社会で支える。
グローバル化、サービス化によって
働く気があって働いても人並みの生活が維持できない労働層が出現は
仕方ない。けれど、生活保障はすべき。
その具体策が、ベーシックインカム。
大筋なるほど、なのですが、
このベーシックインカム政策に対して疑問がひとつ。
それは「会社・仕事を通した自尊心の提供不足」です。
宗教国家でもなく、地域コミュニティが崩壊しつつある日本、そしてカイシャを拠り所にしてきた日本人。
保障が無ければ家族を食わしていけない仕事、に誇りは持てるのか。
(公共事業は、カネだけでなくカイシャという所属先を
地方に分配してきたとも言えると思います。)
公共事業を増やすことは財政的に無理な今、
カイシャ・仕事にやりがいを求めすぎるな、
という啓蒙施策(主に教育)が必要だと思います。
ワーキングプアの解説が分かりやすい
★★★★☆
ワーキングプアを中心に扱った本。
本書前半ではワーキングプア問題について解説し、後半でセーフティーネットについて提言している。
副題に「底抜けセーフティーネットを再構築せよ」とある。しかし、本書が(文献目録とあとがきを抜いて)全237ページなのだが、セーフティーネットの提言は206ページから始まる。また、提言(ベーシック・インカムと負の所得税、年金マイレージ制)もあまり新しいことは言っていないと思う。
なので、どちらかというとワーキングプアの入門として役立つと思う。
この本によると、プアが出る理由は、今までの制度や世界では
1、最低賃金で働くことになるのは学生や主婦が中心で、フルタイムで働く人は必ず生活できる程度の収入を得ることが出来る
2、最低賃金で働く人は生活扶養者(学生なら両親、主婦なら夫)が必ず居る
という前提があり、この前提が
1の場合、正社員になれない就職氷河期や現在の正社員数の絶対の不足
2の場合、親が貧困状態、または離婚した人など
ということで崩れてきたということ。
社会のセーフティーネットは上記の前提で組まれている。
まず、社会のセイフティーネットには
1、生活保護
2、最低賃金
3、雇用保険
があるが、
1、生活保護は「フルタイムで働けず(病気、高齢など)、扶養者が居ない、一定量の資産がない」が需給対象となる。したがって、(フルタイムで働けるが)最低賃金のフルタイム労働でも暮らせないワーキングプアでは意味がない。
2、最低賃金は上記の理由(そもそも最低賃金で、しかもフルタイムで働いても生活できないからワーキングプアが問題)で無意味
3、雇用保険は保険料を払うからもらえるのであり、正社員になっていない(=保険料を払っていない)ワーキングプアにはそもそも対象に入らない
ということで、前提が崩れたセーフティーネットは意味がなくなっている。
また、このセーフティーネットの崩壊が社会不安を増大させている。
自立できなければ「パラサイト・シングル」など親と同居して暮らす若者となったりするが、
1、親は子より早く死んでしまうもの
2、親が死ぬ時には若者自身が高齢化している
ので、問題の先延ばしにしかならない。
この本では上記について説明した後、他のワーキングプアの事例と、それから派生する問題を扱っている。
例えば、
・高学歴ワーキングプア(カウンセラー資格、博士号などとっても、低賃金労働や仕事がない)
・遺族年金(遺族年金の対象は正社員の妻、でありフリーランスや非正規社員の妻では対象に入らないこと)
・育児休暇(妻がフリーランスの忙しい仕事、夫が正社員などだと、妻は育児休暇という概念がない、夫が休職すると家族を養う収入がない)
などである。
なぜこうなるかというと、今の日本の制度には「制度利用者に対する暗黙の前提」があるが、近年前提が崩れてきており、その理由は職業の多様化などの原因が絡み合っている。
本書を読めばその原因を理解できるだろう。
分かりやすく解説しているので、セーフティーネットの構成についてよりも、ワーキングプア問題の入門としてオススメする。