伊集院版「伊豆の踊子」「金色夜叉」
★★★☆☆
京都・祇園に長期にわたって住み込み、四季の移ろいを肌で感じた作者ならばこその深い描写は健在。祭り、年間行事、しきたり、そこに住み働く人たちの所作や心持ちなどを、深い愛情を持った眼差しで観察して、文章にする作業はとても気持ちがよい。
ただし、いくら昭和38年に設定したとしても「学士先生」と「舞妓」の悲恋はあまりにも古い題材で、新鮮味が感じられない。「渡辺淳一の後継者」と評した方がいたが、やはりホームグランドは「無頼派」で、「阿佐田哲也」のように競輪に冠大会を作ってもらうほうが古くからのファンにとってははるかに似つかわしく感じるし、うれしい気がするのも事実。
久しぶりに、しっとりした「大人の恋愛小説」を読んだ……
★★★★★
主な舞台は京都。伊集院氏は夏目雅子さんが死んだあと、
芸妓の勝乃さんと京都で暮らしていた時期があった。
その頃、滋賀県の競輪場によく通ったという。
京都と滋賀をつなぐ峠が「志賀越え」である。
伊集院静というと、無頼派の「ザ・作家」というイメージだが、
この本は氏の恋愛観の滲み出た、落ち着いた恋愛小説である。
ことさらに大きな「ヤマ場」をつくらずに淡々と物語は進むのだが、
それでも一気に読まされてしまった。
圧倒的な筆力である。
京ことばが、実にいい。もともと伊集院氏は京都の生まれだから、
台詞回しに真実味がある。
もうひとつ。出色が「装幀」。
恋愛小説に女性の写真……となるとありきたりとも思えるのだが、
この写真と、その使い方には、何とも言えない抒情性と迫力がある。
「ああ、本を読んだ」……そんな気になった読後感であった。
京ことばの奥深さの魅力
★★★★☆
伊集院氏の作品はいくつか読んでいました。
新聞の書評を読んで、私も「羊の目」以来の購入でした。
呼んでいる途中から三島の「春の雪」の松枝清顕と聡子を思い浮かべました。切ない恋の物語を久しぶりに堪能致しました。
学生時代を京都ですごしましたので、京言葉も地理や場面も容易くイメージする事が出来ました。
「荒神橋」や出町柳からの「叡電」で鞍馬へ等等、懐かしく思い出しました。
脇役にも魅力
★★★★★
著者の『羊の目』が大変面白く、この本も早速読んだ。大変引きこまれる小説で、ページをくくるのを惜しみつつ、一気に読み終えた。それでも、読み終えると小説と同じように一年近くの時間が経った気もする。
本の半ばまで差しかかっても、男と女の物理的な接点は驚くほど少ない。相手になかなか会えず、現在の携帯電話のような手軽な通信手段もない。一言会いたい気持ちを伝えるだけでも大変である。時代背景、京都、祇園などの環境も話を盛り上げる。
主人公の男はもちろん(女が本当のところどういう気持ちかは私には良く分らない。実生活でも分らないので、分らないのが当たり前)、脇役も魅力的だ。金沢の美大生、京都の久美などは、その後どうなっていくのかが知りたくなる。
艶やかな余韻を残す作品
★★★★★
恋は一人で想うもの―。氏の恋愛観が余すところなく描かれた作品です。
女性に囲まれて過ごした幼少時代や、京の街で暮らした氏の実体験が、本作の一文一文に艶やかさを与えています。今の文壇で、これほどまで女性を魅力的に描く作家を私は知りません。感情移入するあまり、主人公の青年に嫉妬心すら覚えます。
個人的には「でく」のような難解な作品が好みのため、平易な文体が若干物足りなく感じますが、それでもやはり文句無しに満点です。贔屓とはそういうものです。