当時、フィッシュマンズの名前は知っていたが、
ちゃんと聴いたことはなく、雑誌で見かける程度だった。
その意味で、熱心なファンではないし、また彼らの曲に特別の
思いがあるわけではない。
記憶に刻みつけられたのは、佐藤の予期せぬ死によって
である。
以来、なんとなく気になる存在であった。
つい最近、なんとなしにこのアルバムを借りた。
曲が流れた瞬間、とても懐かしい気持ちになった。
耳馴染みのある曲ではない。ほとんどが初めて聴く曲である。
なのに、なぜこんなにノスタルジーな気分になるのか。
たぶん、彼らの曲があまりに時代の空気に満ちていたからだと思う。
レゲエ、ダブ。今でこそ普通だが、当時は新鮮だった。
ポップスの枠組みが膨張した90年代、アイデンティティを模索し
続けた、あの時代の空気がそのまま詰まっている。
彼の死について僕は当時行きつけだったTSUTAYAで知った。
突然小さなレコメンドシートが貼られてあって、追悼とか書いてあったのだ。
なんだそりゃ、だ。
冗談か何かとしか思えなかった。
それから数ヶ月、僕は本屋に立ち寄る度に漁るように音楽雑誌を立ち読み、それが何かの間違いだったという報道ばかり探していた。
風邪をこじらせて逝ったという話を読んだ。
確かにあの年の風邪はひどくて、僕も寝込んで目覚めたら2日経っていたという体験をした。
病院ではたくさんお年寄りが死んだ。
あれからインフルエンザの予防接種が増えたのだ。
でも30代の男が風邪で死ぬなんてふざけてる。
まったく、何もかもがふざけていた。
そんなある日、カーステレオでフィッシュマンズを聴いた。
TSUTAYAであのシートを見てから、僕はぴたりと聴かなくなっていた。
そろそろ聴いてもいいのかなと感じて、久しぶりにベスト編集したMDをデッキに入れた。
音が流れ出して、僕は佐藤伸治がもうこの世にいないことを感じた。
冗談でもなんでもない。
ほんとうに、もうこの世にはいないのだ。
ほんとうにふざけてる。
そんなこと考えても何も変わらないのだ。
6年経ってようやく彼らの遺した音楽に向き合えるようになった。
Powerbookにすべてを突っ込んで無線ネットワークでコンポに送信する。
フィッシュマンズのジュークボックス状態だ。
とてつもなく気持ちがいい。
痛みは薄れ、また音楽に浸れるようになった。
そんな時にリリースされた「空中」と「宇宙」という2組のベスト&レア。
本当にいいタイミングだと思う。
これはフィッシュマンズの「記録」ではない。
むかし聴いた人と、新たに聴く人のために、フィッシュマンズをまた楽しむための編集、セレクトが行われている。
彼らが写し出した気分は、今でも僕らの中で燻り続けている。