主人公の水品慶夫は昭和ひと桁生まれの元新聞記者。いまは東京下町のローカル紙を手伝っているフリーライターの身だ。妻を交通事故で失ったあと葉山へと移り住み、そこで10歳年下の芹口真子と同棲をしている。
時代の終わりとともに、水品のところには、昭和にまつわる仕事が舞い込み始める。それに関するローカル新聞の企画を立てたり、天皇や太平洋戦争に関するインタビューを重ねていく過程で、主人公は昭和という時代の特異性を改めて感じ、過去の記憶へと沈潜していく。ある者は昭和天皇を懐かく回顧し、戦前を決して悪い時代ではなかったと弁護する。またある者は自らの戦争体験を石のように腹の中に秘めたままこの世から去ろうとする。水品自身、幼いころの母親にたいするある割り切れない思いが、氷解することなく胸中にずっとわだかまったままになっていた。その姿は『北の河』の15歳の主人公の少年と重なり合う。その少年が成長して水品になったともいってもいいだろう。
昭和という時代をテーマにした小説と聞くと、つい重苦しい印象を抱いてしまいがちだが、この小説はまったく深刻ぶらずに進行していく。水品と真子のふたりが織りなす日常生活と葉山の四季折々の自然が、この物語を上品で軽やかなものに仕上げている。(文月 達)