思うに,この作品ほど観客の感情移入を許さない映画もまれだからでしょう。ここには愛すべきキャラクターが一人もいないのです。また、原作と違って主人公がなぜ驟閤を焼いたのかさえ、はっきりとは説明されていません。一応、驟閤の美しさを永遠に自分のものにしたいから、という見方も成り立つのですが、そのような紋切り型の解釈が本当に正解なのでしょうか? 謎だらけです。結局、人間とはどうにも納得しがたいことをする生き物なのだ、というある種サマーセット・モームの小説世界にも通じる不可解さに我々は包まれるだけです。
にもかかわらず、これはやはり傑作だと思います。人間の心の中には他人には決して窺い知ることの出来ない闇の部分があるのであり、それを変にこじつけて無理矢理説明しようとするたいていの映画の方が、むしろ“物欲しげ”に見えてしまいます。 モームの小説ならその主題をユーモアとアイロニーで装飾して読者を楽しませますが、市川監督の場合は、その華麗な映像美と、当代きっての役者たちの芝居で堪能させます。 それにしてもよくもまあ幾多の大俳優たちにあんなうすみっともないキャラを演じさせたものです。そういう意味で、こんな特殊な映画は文字通り二度と作られることはないでしょう。まだご覧になっていない方必見です。