佳品ぞろいの一冊、ただ読むべし
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各作の主人公たちの内面を貫く心情的モティーフを一言で云えば、「無念」とでも云おうか、「諦め切れぬ思い」とでも云おうか。いずれも読後の余韻が長く頭に残る佳品ばかりの一冊である。歴史的事実と想像力の見事な混交。歴史小説好きなら、ただ読むべし。
「興膳、おぬしも立派な男であろうが、長州の飯をくらっておりながら、あまりわが藩に人なきがごとく悪たれ口はたたかぬことだ」(148頁)。
「「中井道子のなれの果てを見物に来られたのですか」「そうではない、一人の男として、客として登楼したのです」「左様ですか、買われた身でございますから、いなやは申しませぬ」(209頁)。
それにしても、高杉晋作が守旧的な陰謀家としてやや残忍な悪役で描かれていたのは、やや意外(後裔たちの海程)。
名もない人たちの一途な「生きざま」
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この本は、幕末の長州藩を舞台にした時代小説の短編集です。
表題作は、野山獄に吉田松陰が入獄してから安政の大獄で江戸に送られるまでが描かれます。
「恋」は、この野山獄にいたただ一人の女性高須久子との間で交わされます。
この二人の爽やかで直向きな心の交流が、「相聞歌」に載せて語られます。
その細やかな描写は、二人の心が純なだけに、逆にちょっとした動きにエロチシズムを感じてしまいます。
その他の短編にもそれぞれ魅力的な女性が登場します。
「お絹と男たち」のお絹。
「後裔たちの海程」の八重。
「刀痕記」の中井道子。
彼女たちを見ていると女性の強さ、逞しさを感じます。
と同時に、その秘めた心の直向きさが胸を打ちます。
女性の登場しない「見事な御最期」を含め5編が5編とも、読んだ後に清々しさが残ります。
名もない人たちが、一途に生きた人生がそこにあるからでしょう。
素晴らしい短編集でした。