重なる世界
★★★★★
光と影、鏡の向こう側、目の前の風景に重なるもう一つの風景…
寮美千子の描く世界は、幻想とも現実ともいえるかも知れない。
幾重にも重なる世界とは。
それを感じる者とは。
宮沢賢治は「童児(わらし)こさえるかわりに」作品を生みだした。
だとしたら、寮美千子が生みだしているのはまぎれもない、その「孫」たちではないか。
この物語の随所で、私はそんな気がして仕方がなかったのです。
豊穣な詩的イメージの溢れる世界
★★★★☆
詩的な、とても繊細で美しいイメージで綴られた断章が万華鏡に映る映像のように現れては消えていきます。それはモザイク画の色とりどりの片々のようにちりばめられて、海辺の町に暮らす老人と少女をめぐる豊かでゆったりとした時の移ろいを、まるで神話のように描き出します。脈絡の無いようなとぎれとぎれのイメージが渦巻くように明滅する永遠の平穏、しかしモザイク画の最後の一片が嵌め込まれた時、一転して襲いかかる悲劇を契機に、平穏な日々の中で少女の中に蓄積されていた矛盾が一気に表出され物語は夢の世界へと変転、光と影の二つの探求の旅が始まることになります。
この斬新で美しい導入部(上巻の半分位を費やすのですが)はとても素晴らしいです。読んでいて、いつまでもずっとこの世界に浸っていたい、そういう思いが沸々と湧いてきました。
その後の物語は、自身の分身である影を追い、影と一つになることで全き自分をひいては全き世界を取り戻すという、テーマとしてはそう目新しいものではありません(例えばル・グウィンの「影との戦い」)し、そのテーマの掘りさげ方にも主人公がまだ幼い少女ということもあってそれほどの深みはありません。また下巻で説き明かされる夢の世界の創世神話は少々陳腐で(創世神話とは常にそういうものかもしれませんが)興醒めだし、神話的人物の来歴にも私は何だかしっくりしないものを感じました。しかし水の循環が命の循環と重なる箱庭的な夢の世界で、旅する光と影の少女たちの周りに次々と溢れだす詩的イメージの美しさはやはり秀逸、M・エンデの「果てしない物語」やG・マクドナルドの「ファンタステス」「黄金の鍵」等の描き出す豊穣なイメージの世界との共通性を感じました。
ともかくも、膨大な詩的イメージが凝縮されたこの美しい物語に出会えたことを感謝したいと思います。(特に斬新な導入部に私は魅了されました。)
書物のかたちをした迷宮
★★★★★
ほぼ四ヶ月を費やして楽しんだことになる。
物語そのものが瞬間と永遠が合一する長い旅の物語なので、「読書すなわち旅」という体験を楽しませてもらった。
むしろ、着地点が予測出来た段階で、読むスピードを落とした。
予想された結末、そして予想しうる感動の時を、少しでも先延ばしにするように……。
それでもやはり、結末はやって来る。
でも、悲しむことはない。
もう一度最初から読み直せばいいのだ。
特に本作の冒頭部分の含蓄の深さは、再読の時にこそ味わえるのである。
作中に登場する雲母のように、様々なイメージと物語が重層的に交錯する作品であり、全体が螺旋構造を描いて永劫回帰する迷宮そのものと化している。
そう、これは書物のかたちをした迷宮なのだ。
世界の果てで出会うもの
★★★★★
世界の果てに向かうマコと黒豹、それを追うミコと子馬。
二人がいる世界とは??その世界の秘密とは?
ばらばらに提示されていたイメージが収束してゆく。
世界の果てとは。そこで少女(たち)が出会う風景とは。
圧巻の終盤。
物語の根底に流れる力強いメッセージを、ぜひ、受け取ってほしい。
目覚めるしかない
★★★★★
海辺の町「天羽」で一人ひっそりと暮らす初老の男・香月光介。
生まれて間もない子を香月に預け、遠つ国へ旅立つ香月の一人娘・美沙。紗(うすぎぬ)をまとったオペラ歌手・香月万美子。
郵便配達夫、虚ろ舟の伝説、月の拝殿の大長老、
雲母を掘り出し、夢を世界へ解き放つ老鉱夫、
愛車「ペガサス号」にまたがり「天羽」の町で暮らす青年、
風を呼ぶ歌を歌う町の男とその家族、
猫族の王になることを拒みマミコと共に生きることを選択したぬばたま、
木馬、火と水の龍、まつろわぬ民の少年、
橋のふもとのあばら家で細々と生きる全盲の老人、
極楽鳥、村長、片目の黒豹、
水の図書館に降り立つ魔の童子、
鴉頭の闇夜王、月の神殿の神官マニ、
帰らぬ女王を待つネズミ、
物語の登場者が下巻末の
「美しき未来の記憶、ここにはじまる」
の一言で生き生きと甦り、再び息吹き始める。
あたかもひとつきかけて地球の周りを巡る月の軌跡にも似たこの物語の仕掛けに、物語の語り手としての作者の力量に驚嘆せざるを得ない。
生きている物語とはまさしく、この本の語りそのものなのであろう。
と同時にこの物語は一人の少女の「成長物語」である。
(あなたは目覚めるしかないの)
(取り返しのつかないことなんて、ないの)
という言葉には
人の心の成長を見守る温かな愛情から発芽した豊穣の趣がある。
ニンゲンに対する深い想いがなければ描けない一つの成長物語だ。