出会えて良かった
★★★★★
初めての皆川作品である。
なぜ今まで出会えなかったのかと思う反面、出会えたことを僥倖とも運命とも思うほどに引きつけられた読書体験だった。
良き書物を評する方々の文面はそれぞれに的を得て、私がさらに稚拙な評など書き加える必要もないように思うが、あまりのレビューの少なさに、ここにせめて★五つを増やしたいとキーをたたいている。
読んだのは「1Q84」狂想曲が騒がしい時期だったが、読書がいかに個人的体験とはいえ、あまりにもひっそりと一人でこの世界を独占するのは忍びないと友人に勧めたところ、「これぞ日本文学だね・・・」との評がかえってきた。
また、家人にはなぜか最初の2ページだけを読ませたが「この出だし、凄いなぁ」とのことだった。
著者は華麗な文章をひけらかすこともなく、読みやすく饒舌に走らない文体で、時間と場所の迷路を彷徨う心の世界に読む者を誘う。1篇読み終えてもすぐに次のページにはすすめない。もう一度今読んだばかりの
世界に戻って隅々まで味わいたくなる。
どの作品の中の人物もみな作者の意図など微塵も感じさせない程に、それぞれのあちらの世界、こちらの世界で確かに存在している。これは凄いことだと思う。
読みたい本が一気に増えた。「最近面白い本に出会わない」なんて愚痴は封印しよう。
気づけばスッと体温が下がり切っている
★★★★★
横瀬夜雨、薄田泣菫などの短詩をモチーフに現代最高の幻視者が紡ぎ出す戦慄の8短篇
嫋やかに揺れ惑う幻想小説だと思い手に取ったら、冷たい煌きの白刃でバッサリ斬り捨てられた、、、そんなゾッとする感触も孕んだ美しくも危ない短編集。耽美な詩句をアクセントとして持ち寄り、それに依って異なる質感を醸していく作品こそ多々あれど、詩句そのものの情動を、まるでそれを核にして生脈させていくような本作の世界観は完全に異質。詩句そのものが放つ悲鳴のように鋭い感覚と交じり合う物語は、それと気づかせることすらなく、しかし確実に読み手を狂気の淵へと誘い、食む。
既にして誰が、どういう状態で話しているのかさえ不明となる錯乱めいた異様な気配を放つ『空の色さえ』に始まり、重厚かつ仄暗い枠の中で、艶やかで畸形なる耽美が描かれる『妙に清らの』、幼年期特有の塞いだ世界へ、再び夢現(ゆめうつつ)の境(あわい)を溶かす狂ったチューンが入り込む『竜騎兵は近づけり』へと続き、さらには秘められたエロスを求心軸に進む『幻燈』は、ラストで思いもかけない荒ぶりに打たれることとなり、個人的に最も好みであった『遺し文』での、劇的に途切れる光景へと終着することになる。
今自分に取り憑いている感覚が何なのか、それすらもハッキリとは判らないまでに強い幻惑を齎す作品の多くは、しかし同時に言いようもなく冷たく、硬質で凛とした佇まいで突き刺さる。気づけばスッと体温が下がり切っているような、わけの分からない感覚に落とされている。一字一句に背筋を伸ばして臨むことを求められるような、優美だが抜き身の狂気を感じさせる緊張感が素晴らしく、そして、怖い。
凄まじい短編集
★★★★★
凄まじい短編集だ。もうこの一語に尽きる。薄くてすぐに読めてしまう本なのに、世界が変わり確実に自分の中に重くずっしりしたものが沈殿していくのがわかった。本書に収められている短編は、すべて詩句にインスパイアされている。もともとぼくは詩句には疎いほうで詩集や句集などは読んだことがないのだが、ここで取り上げられている詩句を読むかぎり、どうしてこのジャンルをもっと探求しなかったのかと歯噛みしたくなった。それほどに皆川博子の取り上げる詩句の世界は魅力的なのだ。本書を読んで、まず憧れが胸中を占め、詩句の世界に遊ぶ新鮮さを味わい、そして作者のつくりだす甘美で残酷な世界にしびれた。すべて舞台は日本である。それも一昔前、先の大戦前後の時代の話である。日本が世界から孤立し、狂気にまみれ熱く沸騰した時代。だが、ここで描かれるのは戦争ではない。戦争に翻弄される人々は出てくるが、戦争そのものにたいする記述はほとんどない。かわりに本書には、この時代に日本に根付いていた負の風潮が数多く出てくる。復員兵、戦争孤児、妾、男尊女卑、結核。そこに作者は美しさと、いい匂いと、残酷で清らかな詩句をおりまぜ、この上なくなめらかな文章でもって忘れがたい物語を紡いでいくのである。特に最後の三篇のインパクトは素晴らしい。夢に見そうなくらいだ。
忘れがたい物語集
★★★★★
凄まじい短編集だ。もうこの一語に尽きる。薄くてすぐに読めてしまう本なのに、世界が変わり確実に自分の中に重くずっしりしたものが沈殿していくのがわかった。本書に収められている短編は、すべて詩句にインスパイアされている。もともとぼくは詩句には疎いほうで詩集や句集などは読んだことがないのだが、ここで取り上げられている詩句を読むかぎり、どうしてこのジャンルをもっと探求しなかったのかと歯噛みしたくなった。それほどに皆川博子の取り上げる詩句の世界は魅力的なのだ。本書を読んで、まず憧れが胸中を占め、詩句の世界に遊ぶ新鮮さを味わい、そして作者のつくりだす甘美で残酷な世界にしびれた。すべて舞台は日本である。それも一昔前、先の大戦前後の時代の話である。日本が世界から孤立し、狂気にまみれ熱く沸騰した時代。だが、ここで描かれるのは戦争ではない。戦争に翻弄される人々は出てくるが、戦争そのものにたいする記述はほとんどない。かわりに本書には、この時代に日本に根付いていた負の風潮が数多く出てくる。復員兵、戦争孤児、妾、男尊女卑、結核。そこに作者は美しさと、いい匂いと、残酷で清らかな詩句をおりまぜ、この上なくなめらかな文章でもって忘れがたい物語を紡いでいくのである。特に最後の三篇のインパクトは素晴らしい。夢に見そうなくらいだ。
密度の濃い美しい文章とあやかしの世界
★★★★★
この本は「空の色さえ」他7編のあやかしの作品からなる短編集です。
この本に限らず、皆川さんの全作品にいえるのは、江戸末期から明治に続く闇の気配が色濃く、ここかしこにあらわれているということです。
それはおどろおどろしくもあり、淫猥でもあり、また矛盾するようですが、近未来的シュールリアリズムでさえあります。
前者は「谷崎潤一郎の刺青」の系譜であり後者は「川端康成の片腕」であるように思えます。
この2人の作家に共通するのは、大教養人ということです。彼等はその教養の深さから明治大正の空気を構築し披露してくれました。
あるいはジンタの流れる雑多な町並みや見世物小屋、淫靡なものを偲ばせてくれました。
皆川博子さんはまさにそれらをうけついでいる人といえます。
当然、彼女の教養の深さは現代作家の中でも群をぬいているといえます。
7編に共とも、生きていくのにどうしようもない不幸を背負っている人間の生き様が、幻視・異界をあやなしながら、密度の濃い美しい文章で描き出されています。それは旧い蔵の奥にしまってある淫靡な錦絵や、またあるものは地獄絵のようひっそりと、しかしめらめらと赤い炎ふきながら存在するようです。
圧倒的な力ある作家、それが皆川博子さんといえます。
その系譜にあるのが 川上弘美 さんではないでしょうか。