これまでシンセやシーケンサーを使いまくって空間を音で埋めつくし塗り込めてきたラッシュは、本作から隙間を生かすことを考え始めた。デジタル音が後退し、その分ギターが前面に出てきた。こんなに思い切りよくアコギを使うラッシュは初めてで、何か吹っ切れたような演奏は爽快感に満ちている。今まではギターがシンセの音に埋まっていたが、いまやシンセは後ろの方で控え目に鳴っているだけ、ここではガンガンかき鳴らされるギターが主役。やっぱりラッシュはギタートリオなんだ、ということを再確認させてくれる。Prestoに慣れた耳で前のアルバムを聞くとシーケンサーがうるさ過ぎるように感じる。またギター・ドラム・ベースの組み立ても、前のように緻密に計算して巨大建築物を構築する感じではなく、もっとラフで本能のままにジャムを繰り広げているような楽しさがある。以前の緻密構築美もいいが、Prestoの奔放躍動美も素晴らしい。と言っても冒頭のShow Don't Tellを聴けば分かる通り、緻密なサウンド・タペストリーも勿論健在。ラッシュのアルバムの中で一番変な曲が多いという噂もあるが、それだけハマッたら癖になる曲が多いということだ。ラストの曲は珍しくピアノが入ったこのアルバムならではの曲だが、私はこれにハマり一時期聴き狂っていた。このアルバムで打ち出されたハードギター路線はその後カウンターパートへと引き継がれて行く。