時代の空気は芥川賞で読め!パート2
★★★★★
昭和24年上半期から昭和26年下半期の芥川賞受賞作を収録。
本の話 由起しげ子
亡くなった義兄の蔵書を窮乏のため泣く泣く売却することにした私。人のよい義兄との思い出がある本を必要としてくれている人のところへ売るべく奔走する私の姿を丁寧に描いた作品。
著者の日本人的な品の良さが隅々まであふれていて、なかなか好感の持てる作品だった。貧しい中でも何とかお金を作ろうとする主人公は凛としていて美しい。純文学というと精神を病んでいるような鬱屈した話が多いが、こういった健康的なものも悪くないと素直に思えた。
確証 小谷剛
17歳の家出少女さち子を手篭めにしようと必死に世話を焼く医者の私。しかし相手は少女とも思えぬほど駆け引きに長けていて、私は敗北と屈辱感に打ちのめされてしまう。はずみで関係を持ってしまった夏子には結婚をほのめかし曖昧に接していたが、夏子はやがて付きまとうようになってくる。私は2人の女性との関係で勝利することに執着し心身を磨耗していく。
いつの時代にもありそうな話だ。女の上を優雅に歩いているつもりが逆に下敷きにされてしまっていたという。この話では以下の文章が非常に印象深かった。
---私は女の痙攣した唇に、私の唇をぶつけるようにおしあてた。歯と歯がにぶい不気味な音を立てた。これは、しゃりこうべとしゃりこうべの接吻だ。---
女に対する嫌悪感がしゃりこうべを通して感じられる素晴らしい表現だと思うが、いかが?
壁-S・カルマ氏の犯罪 安部公房
朝目を覚ますと、ぼくは自分の名前を忘れていた。自分の名刺に名前を盗まれたことを知ったぼくは自分を取り戻すべく駆けずり回る。
最初の3文を読めば、カフカの「変身」に影響を受けた作品だと分かる。シュールなユーモアに溢れた中々読ませる作品だとは思うが、芥川賞の守備範囲外のような気がしないでもない。
純文学はその時代を否応なく映す鏡になる。
第3巻までは戦争色が濃かった芥川賞全集も、今回は共産党と党員の黒い熱を感じる作品が多かった。日本にもそんな時代があったのか…と歴史の流れに思いを馳せるよいきっかけになった。