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ゾマーさんのこと

価格: ¥1,550
カテゴリ: 単行本
ブランド: 文藝春秋
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深い、沁み入るような読後感 ★★★★★

クラシカルな技法で現代に「小説」を復活させた
ドイツの作家、パトリック・ズュースキント。
(本書ではジュースキントとなっているが、ドイツ語の
発音としてはズュースキントの方が近いだろう)
地味ではあるが、本作は氏の作品の中で
最も「深み」に到達していると感じる。

『香水』の豪華絢爛さも、『鳩』のシュールさも、
『コントラバス』の饒舌さも本書にはない。
しかし美しい田園風景の中で展開する、
忌まわしい過去(推測ではあるが)に縛られた人間の業と
主人公の成長過程が見事にオーバーラップする展開は
深い、沁み入るような読後感を与えてくれる。
人に贈ることのできる作品です ★★★★☆
ドイツの田舎町に越してきた謎の老人と少年の青春を描く作品です。
物語も素晴らしいのですが、それに負けず劣らずサンペの描く緻密で色彩豊かな挿絵も、すばらしく美しいです。
本書をあえてジャンル分けすれば『児童書』に分類されるかもしれませんが、少年(女)期の淡い恋心と失恋、社会の理不尽さに初めて触れたときの悲しさなど、ノスタルジックな雰囲気を感じさせる内容は、幅広い年齢層の方に読んでいただけると思います。
必要最低限の背景設定だけで読ませる本書は、読者の想像と思考を刺激する自由度の高い作品です。
本国ドイツではその点を評価され、良書として人から人へ贈られる作品になっているようです。
少年期の記憶に潜む不思議な人 ★★★☆☆
南ドイツの小さな村に住む「ぼく」の少年期の物語。ぼくの体重がまだとても軽かった頃、風の強い日に全速で駆ければ、ふわりと宙を飛べたという感覚は、誰しも幼い日に感じたイメージではないでしょうか。そんな平和な日常に、雨の日も雹の降る日もステッキ片手にひたすら歩き続けるゾマーさんが、風景の様に入りこんできます。その姿には戦争の暗い影を感じさせますが、「ぼく」のユーモラスな語り口で、思春期の1コマ1コマに楽しく関わってきます。「ぼく」が少年期を終える頃、ゾマーさんもまた....。とにかくサンペの挿絵が美しい。
理屈では割り切れないあの少年時代の物語 ★★★★☆
 戦争が終わってすぐに僕の暮らす村に越してきたゾマーさん。彼は身の丈を超えるほど大きな杖を片手に、常に村の中を歩き回っている。彼が何を目的に歩き回っているのか、誰にもわからない。僕はそんなゾマーさんの姿を時々目にしながら、少しずつ成長していった。ある日、ゾマーさんは湖のほとりに立ち…。

 少年時代の回想というスタイルをとるこの物語の中で、ゾマーさんが徘徊する理由については最後まで明らかにされることはありません。訳者の池内紀は、ゾマーさんはやがて消え失せる「少年時代の比喩ともとれる」と記しています。そういう読み方も可能かもしれません。

 私はこの120頁足らずの小さな物語を読みながら、よく似た小説のことを思い出していました。その小説とはRobert R. McCammonの「Boy's Life」(ISBN: 0671743058)です。
「Boy's Life」は主人公がアメリカ南部の小さな町での少年時代を回想するという、幻想譚の趣を持つ物語です。「ゾマーさんのこと」同様、少年は空を飛ぶことを夢見たりしますし、人の生き死について初めて深い思索をめぐらせたりします。どちらの物語でもあの戦争が色濃く影を落としています。また奇しくも「ゾマーさんのこと」と「Boy's Life」はいずれもが1991年に出版されています。

 大人の理知をいまだ兼ね備えていない少年時代とは、世界が独特の理屈を持ったものとして立ち現れる時代でもあります。そこで人間は多くを過ち、学び、そして成長するのです。

 「ゾマーさんのこと」はまさにそうした少年の目に映る世界の理不尽さと、それを処理しきれない少年の若さを描く物語といえます。そこには大人の言う理屈はありませんが、少年なりの理屈はあるのです。そうした奇妙なズレの感覚を味わう不思議な趣の作品といえるでしょう。
ゾマーさんはあなたにとって忘れられない人になるでしょう ★★★★★
同じ作者・訳者による『香水』に魅せられ、その後迷わず読みました。
ところが児童書の体裁だったし、読み始めると『香水』の波乱万丈ぶりとは異なる平坦な物語です。
ちょっと期待はずれかな?と思いましたが、
さすがパトリック・ジュースキント。彼は物語りの名手です。
とりわけラスト数行には衝撃を受けました。

何時もリュックを背負いステッキで歩くゾマーさん。ゾマーさんはいつも歩いている。
雹が降った日に出会ったゾマーさんのこと、ぼくが自殺したくなった日に会ったゾマーさんのこと、そして湖で見かけたゾマーさんのこと。
ぼくにとってゾマーさんは忘れられない人になってゆきます。

読者にとっても忘れられない人になるでしょう。
「ほっといてもらいましょう」と訳した池内紀さんの名訳とともに。