盤石の録音に汚点一つ
★★★★☆
この作品は言うまでもなく古今に名盤・名録音が文字通り目白押し、であるが、その中でも異彩を放ち続ける名盤、と言ってよい。なぜなら、オケ、キャスト、録音とほぼ3拍子揃っているからだ。まずレヴァイン率いるメトであるが、軽めの音色で切れ味が実に良く、小気味いいとはまさにこのことだ。そしてフィガロにまず求められるのは、なによりこの軽妙さであろう。さらには両翼配置も見逃せない。「おお、こんな(2つのヴァイオリンの)掛け合いがあったのか」と実に楽しく聴ける。モーツァルトの天才も、両翼があればこそ理解できるところが大きいのである。
キャストも、女声陣は盤石。アップショウのスザンナは好き嫌いが分かれるところだろうが、セクシー&チャーミングでぐっとくる。ソモソモ、スザンナはそんなに純な女性ではないだろう。カルメン的な要素も絶対に必要だと私は思う。テ・カナワのコンテッサも好演。
ところが残念なのは、主役級の男声がいずれも力不足なところ。フルラネットの題名役は、バカを前面に出しすぎ(笑;が個人的には嫌いじゃないけど)。しかしヒドイのはハンプソンの伯爵で、「一生懸命伯爵を演じよう」という必死さが露わで、頑張りすぎなのがかえって滑稽。それに、彼はソモソモ声がゼンゼン美しくないのである。F=Dやスコウフスの美声を聴いた耳で聴くと、もう声の酷さで拒否反応が生じてしまう。こんなヒドイ声のバリトンが活躍するなんて、さすがアメリカである(苦笑)。盤石の演奏なのに、汚点一つとは実にハンプソンのことだ。
が、それでもこの盤が色褪せないもう一つの理由は、その秀逸な録音にある。弦の音色が実に明瞭で美しく、色気さえ感じさせる録音。アバド盤の録音を亜麻色の髪の女性に喩えるなら、こちらは明らかにブロンド美人だ。
最後に特筆すべきをもう一つ。セッコ部分では、伴奏にチェンバロでなくフォルテピアノを使用している。これがまた何とも言えない味を醸し出している。フィガロ好きなら、何としてもコレクションに加えるべき1枚であるのは、もはや言うまでもない。