本書はヴァルター・ベンヤミンの『パサージュ論』をヒントに、東大の一般教養の教科書として編まれたもの。興味の赴くまま、街をぶらつくように自由にページを繰れば、知の散策が開始できる。むしろ「教科書」というより「言葉の万華鏡」と言った方が正しい感がある。各テキストにはその文章が生まれた背景説明、語学的な注、語彙解説が詳しくついており、ひととおりのフランス語の文法知識(と辞書)があれば読める。読者にとっては好奇心が語学的な難解さを凌駕するようなテキストが多く、気がついたら読めていた、ということになるだろう。
特徴としては多文化・多言語で、一枚岩ではないフランス文化が強調されていること。女性映画監督クレール・ドゥニは欧米以外のものの見方の必要性を論じ、作家トゥーサンは外国語を「宝探し」になぞらえる。フラマン、クレオール、マルティニクなどからの多彩な思考・発言は、豊かに変化し続けるフランス語の躍動と世界の現状を生き生きと伝える。
ジャン・ルノワール、モーパッサン、カミュの手になるテキストも示唆に富む。ホーチミンの呼びかけも感動的だ。だが本書中、読者の胸に最も迫るテキストは「ギニアからの密入国少年の遺書」だろう。貧困から逃れるためベルギーへ密航をくわだてたが、高度1万メートルの寒さで凍死した少年の遺書である。「ヨーロッパの責任者の皆様へ」と始まるこの手紙がフランス語で書かれたことの重みを、この言語を学ぶ者は知るべきだろう。
編者の言葉に「大学という枠組みを越え、社会人の教養という文脈で読まれることを心から願っている」とあるが、同感である。これほど多彩でおいしい、そしてときに苦い「言葉のごちそう」を大学生だけに味わわせておくのはもったいない。(濱 籟太)
だが、その内容は非常に「大学的」であり、まさに「東京大学」教授陣の「これくらいは読めて欲しい」という希望的観測のもとにチョイスされたもの。おそらく日本で出版されている教科書では一番、高度なものであろう。
よって、この本を初見で、辞書なし・文法書なしで、余裕で読めるくらいのレベルをあなたが持っていれば、おそらくフランス語を必要とする日本全国の大学院の修士課程(前期博士課程)の第一か第二外国語は簡単にパスできるだろう。逆に言えば、この本を網羅的にマスターできれば大学院修士課程(下手をすると博士課程)に受かるくらいの実力はあるのだから、この本はその意味で目指すべき頂上であるかもしれない。
ただし、一人で学習するにはあまりにも不親切な文法の説明であるから、あなたがこの教科書を大学で使用してないならば、フランス語の先生や大学院の先輩を捕まえて質問攻めにしなくてはならない。一般的な学部4年生・4回生レベルでは文法を追えず、内容を理解できないかもしれないから。
中級から上級向けにオススメです。
読ませる文章は多岐な内容でとてもいいと思うので。
もう少し実力がついてから
再チャレンジしたいです。