或る世界的数学者の回想録
★★★★☆
本書はあの予想(一般的には谷山・志村予想と呼ばれることが多い)で世界的に著名な数学者・志村五郎氏の回想録、自叙伝である
明晰な頭脳を持ち世界的にも顕著な業績を残してきた著者だが、一般的に理解され難い数学という分野だからかその業績の割に注目されていないように思われる
しかしながら世紀の難問といわれていた”フェルマーの最終定理”をアンドリュー・ワイルズが見事に証明してみせた背景には間違いなくあの予想が不可欠であり、勿論その一点が著者の業績ではなくただの一部にすぎないが、もっと衆目に値する人物であると私は思う
著者は元来の性格によるものか自分自身が思ったことをはっきりと語る方のようで、良くいえば純粋で嘘偽りがない、少し悪くいうと正直すぎて少々鼻持ちならない印象を受ける
本書は他のレビュアーも指摘しているが、基本的には明快に主軸を自叙伝として述べているものの、数学者に語らせるとこうなるものかというようにあえてここには書かないといった文言が多く、多少のフラストレーションを感じながら読まざるを得なかったことは事実である
しかしながら自分のやりたいことに正直でそれに一意専心してきた方の人生はただそれだけで参考になる点が多く、その一点をもってしても本書は読んでおいて損はなかったと私は思う
本書では基本的に鉄面皮のように感じられてしまう著者だが、本書中最後の方で盟友谷山氏の死後幾年か経った後やむにやまれぬ想いから涙する著者には何かはっとさせられた
著者の人間としての熱を感じさせる一幕であった
ただ少々難癖をあえてつけるとするともう少し廉価にできなかったものか(これは著者の責任では勿論ないと思うが・・・)
本書はあくまでも著者の自叙伝であって、別段数学の専門書ではないのだから
はしたなく値段に注文を付けたが、自叙伝としての面白さ、有益性は感じられるので是非多くの方(門外漢に至るまで)に一読をおすすめしたい
権威に惑わされない勇気
★★★★☆
前半4割程度は、幼少時(中学まで)の回想がかなり克明に書かれています。当時の社会情勢が感じられ、貴重な記録だと思います。後半は学問に関するお話が主です。志村氏の何の権威にも惑わされずものを見る勇気は大変参考になりました。ただし、老齢になられていた高木貞治氏に対する評は厳しすぎるのではと思います。また、試験問題は基本的なものでよいという意見は同意できました。この本を見る限り、志村氏は何の苦労もなく優れた数学者になられたように見受けられました。その点は、私のような凡夫には参考になりません。
数学の世界って?
★☆☆☆☆
偉大な数学者の自伝と言う意味では、本書は興味深い。
ただし、書かれている内容に、著者の主観に偏っていると思われる箇所が随所に見られ、
それが、一般社会に対して数学の印象を損ねる内容になっていることが残念だ。
著者は、数学界の自分に対する評価に不満を感じている節がある。
その成否は別にしても、そうした「内輪もめ」的な内容を自伝で暴露することが、
数学ひいては学問の振興に寄与するとは考えにくい。
もし、著者の評価が不当に低いことが本当だとしたら、その一因は、
こういう本を書く著者の性格にもあるのかもしれない。
そんな勘ぐりさえ感じられる、残念な一冊である。
複雑な印象ですが貴重な一冊
★★★★☆
志村五郎先生の名前は、フェルマー予想が証明される中で重要な予想となっていた「谷山−志村(−ヴェイユ)予想」でしか知らなかった。
志村先生について書かれている本にもなかなかであったこともなく、どのような活躍をされているかも知らなかった。本書にあるように、活躍の場が米国のプリンストンを中心にされていたことが理由かもしれません。
本の印象・感想としては複雑。数学を志した動機やどのようなことをやってきたかは書かれてはいるのですが、断片的で総合的な理解がしづらかったというのが率直な感想です。
ところどころにある「それについては書かない」という表現も、読んでいる身としてはフラストレーションを感じ、「それならば中途半端に文中で扱わなければいいのに」と思うことも。
育ってきた環境の描写はしっかりとしていますが、よくある伝記のようにどのように自分に影響があったかなどをつぶさに書いているわけではなく、自伝としては読みずらい感じですが、「記憶の切繪図」という題名にはあっているかも。
それが逆に、本人がどのような人かというのを雄弁に語っているような気はします。
非常に厳格で、他人に流されることがないしっかりとした自分を持っている感じが全体から伝わってきます。ただそれが自信過剰にとらえられることもあるかもしれません。
また「あの予想」と書かれている上記の「谷山−志村予想」についても触れられていて、自分とは別のところで、実情が理解されないまま予想名だけが広がっていったような様子も意外でしたが面白い事実でした。
私にとっては慣れない文体と意外な事実と伝わってくる人柄と、といった非常に複雑な印象を受ける一冊でしたが、今まで知ることのなかった志村五郎先生を知ることのできる本として、貴重な一冊だとは思います。
対人関係に未熟で、数学に高慢な数学者の自伝
★★★★☆
話題になっていたので、いつか読もうと思っていました。会社で周りの人が帰って後、5時半頃から8時すぎにかけて一気に読みました。
著者がどのようにして数学を見つけて数学者になったのか知りたかったのですが、具体的な話はあまりありません。と言うよりは、必要な数学をほとんど自分で作り上げ行ったという印象を受けました。生い立ちから描いているので、著者の精神的な成長も面白かったです。ある意味では素朴で純真なのでしょう、普通のことに驚き、人を信用して裏切られる、あるいは人一倍疑り深くなるな傾向など。また、些細なことを気にして、親密に交際したことの無い人への評価を一言で片付けるなど拙さ、あるいは他人の立場で考えることが出来ない未熟さを感じます。ですから他の数学者の評価については乱暴、あるいは悪意があると感じる人もいるでしょう。人を小人と大人でわけるなど、乱暴ですね。この著者には「中国古典文学私選―凡人と非凡人の物語」という著書もあるので、そういう人なのでしょう。
フェルマの定理に関係して有名な「あの予想」と谷山豊についての想いわかりました。英語版の方が数学に関する内容は詳しそうなので、英語版や
Shimura, G. "Yutaka Taniyama and His Time. Very Personal Recollections." Bull. London Math. Soc. 21, 186-196, 1989
を読みたくなりました。