まずは当時の社会問題,経済問題の根本的原因を探ります。筆者は,武士が街中に居付いて余分な消費活動にかまけてばかりいて生産活動に関与しないこと,身分秩序が乱れて分不相応な消費経済が放置されていること,などが,それら諸問題の原因となっていると分析します。ではそれをどうするか。武士は土着に帰ること,身分関係をきちんとして要りもしないものの需要を減らし,無意味な物価高騰を抑えること,などが説かれます。
もちろん,人の欲望のだらしなさに対して青天井と言っていいほどに寛容な今日の考え方からすれば,身分不相応な欲望は抱くべからずというような主張を現実の政策として採り入れることはできないのでしょう。しかし,筆者の分析は整然としていて,こうなるからこういう結果になる,だからこういう問題が出てくる,という流れが,とても論理的に心地よく説かれているので,その考えの筋道だけでも大いに範とするところがありそうです。
荻生徂徠の業績の真骨頂となると,古文辞学と称される分野の『弁名』『弁道』などの著作にこそ見出されるのかもしれません。でも,この『政談』には,並はずれた社会政策のセンスが発揮されており,これはこれで見落とすことのできないタイトルだと思います。
少々厚めの本ですが,当時の世情も活き活きと伺えるし,読後の満足度は高いと思います。