ファンにうれしいのは、「ニューウェーブ」運動の宣言とされる「内宇宙への道はどちらか?」をはじめ、作品を理解するうえで重要なテキストが多数収録されている点だ。たとえば、精神分析の手法を用いながらダリを論じた「汚れなきパラノイア」などは、シュルレアリスム的と評価される作品世界との関係を裏づけるものである。また、第2次大戦中の上海での記憶をつづった章では、自伝的な長編『太陽の帝国』だけにとどまらず、当時の体験が、全作品において、いかに大きな影響を与えているかをうかがい知ることができる。
書評という形を取っているものの、逆説的で暗喩に満ちた著者の言葉は、取りあげられる本の内容よりも、強烈な個性を放つものが多い。西太后、クマのプーさん、昭和天皇、ヒトラー、アメリカン・コミック。いずれの題材からも感じられるのは、SFが「正真正銘の正統文学」であるとする信念と、「次の千年紀」を見すえるまなざしである。処女長編『狂風世界』から連なる作品群が、時を経てもまったく古びないのは、この強固で壮大な世界観に貫かれているからなのだ。(中島正敏)