物語は突拍子もなく幕を開ける。報道番組のレポーターであるパトリックは、取材中に起きたある事件―― なんと数十秒の間に左手を丸ごと失ってしまうのだ―― から一躍有名人に。しかも、その瞬間はカメラに見事収められ、一部始終が放送される。
テンポのよいストーリー展開で、まるで映画を見ているかのような映像が頭に浮かんでくる。手の移植の第一人者といわれる医者(しかし過去1度しか経験がない)、フンが大好物の犬を飼っているその息子、事故で死んだ夫をパトリックの左手のドナーにと夫が死ぬ前から考える妻など、パトリックの左手の移植を巡って登場するキャラクターたちも魅力だ。また、パトリックの行動を通して、他人の不幸をネタにするテレビ報道の体制を皮肉たっぷりに描いているところも嫌みなく楽しめる。
そして何よりも、下半身にだらしなく、欲情のままに生きてきたダメ人間パトリックが、左手を失ったことをきっかけに、次第に愛や信頼に重きを置くようになる様に心が温まる。意中の女性に愛を告白するも、正直になりすぎて一歩退かれるなど、魔がさした人間の過ちを滑稽に描写するジョン・アーヴィングのテクニックも見事である。(松本芹香)
この作品を読んだ時しみじみ作風が変わってきたのを痛感
人生で逆境を経験してこなかった主人公が一人前になるまでで
左手を失うこと、初めて女を本気で好きになること
混迷の中から光りを掴むアーヴィングのこれまでの登場人物と違い
混迷の中から光りを待つ主人公になった
アーヴィングなくしては描けない世界がこの世界には欠けているようで
期待してた分失望が大きいです
「ホテルニューハンプシャー」から少しご無沙汰してしまっていたら、アーヴィングのスタイルは変わってしまったのだろうか。「開いた窓はやり過ごせ」とかの警句がなかったのち?少し寂しい。
日常生活の中にちりばめられたありきたりで穏やかな思いやり。ささやかで大切なのだが、絶好調のときは見過ごしてしまい、失ってみてはじめて切望するようなこと。それらに徹底的にフォーカスした作品だったように思う。
これほど静かな気持ちで読みとおせたアーヴィング作品は、他にないという意味で、The Fourth Handはやや異質だ。気に入った人も気に入らなかった人も、この作品のみでアーヴィングを評価するのはやや早計かな、と思う。
終わりのほうのシーンはとてもあたたかくて、しわしわになった心を、やさしく撫でられるような心地よさを感じた。