つい好奇心に負けた
★★★☆☆
長いこと横目で見ながら通り過ぎていたのだが、ブックオフで見かけるに及んで、つい好奇心に負けてしまった。9巻、10巻と読んじゃったよ。やっぱり特に読むほどのこともなかったよーな気はするが、とりあえずセイラさんが屈折している理由は了解しました、という感じ。
キャスバル兄さんは、こうくるんだったら、やっぱり目指すのは政治家しかないだろう。最初は仕方ないとしても、ザビ家が倒れた後もなぜパイロットに甘んじているのか、理解に苦しむ。まあ、それを言い出すと、セイラもあんな小さいころから医者を目指していたんだったら、株で食べたりしないで(これは「評伝」に書いてあったのを読んだだけだけど)お医者さんになろうぜ。
個人的に絶対書いて欲しくない時代だったかもしれない
★★☆☆☆
「ガンダム THE ORIGIN」で絶対描いて欲しくなかった
「ガンダム地上に立つ」以前のジオン政争史の幕開けです。
批判されるのを覚悟して書きますがザビ家も政治家もダイクン家にまつわる人間も
ステロタイプな人物に描かれているのが空しい。
悪人は悪人、善人は善人という単純さだ。
特にキシリア・・・ただの馬鹿だよ。
表面だけ取り繕うような女が将来あの独裁者と渡り合える女傑になるとは到底思えない。
どうやら兄を殺したようだが、この展開では後に「父殺しの男」とギレンを吐き捨てる
暗い情念の女につながらない。どうフォローするつもりだろうか・・・。
登場人物の言動を読んでいるとジオン建国とかスペースノイドの自立運動が
薄っぺらく感じてしまう。
まだ富野さんのオリジナル小説で少しだけ触れられた
(ギレンの語る)ジオン独立闘争史の方が納得がいった。
理念よりも私怨私欲の政治ドラマ・・・著者の歴史観はそうかもしれないが
まったく市民という視点を抜かした政治家ばかり(デギン除く)
ではあまりにもありがちな話だと思う。
若かりしころのラルとハモンさん、
大人の落ち着きを持ちながらもやっぱり若かったギレン
そして青年時代よりもはるかにしっかりしたキャスバル君は面白かったです。
補完
★★★★☆
第9巻はアニメでは描かれなかったシャアとセイラの幼少時代を描く。
何かしら意味ありげな背景を背負った二人だと思ってはいたけれど、なるほどそういうわけですか、と深くうなずくことになるでしょう。
アニメでは気になるといえば気になる、気にならないといえば気にならなかった伏線でした。
しかし、こうしてあらためて一つの形をもったものとして提示されてみると、体系的な理解が進んだ感じがします。
この「シャア・セイラ編」では二人のルーツに関する話はもとより、ジオン軍が独立の道を模索していく様子も背景として描かれています。
いや、ややもすると「シャア・セイラ編」といいつつも、実は安彦先生の主眼はこちらにあったのでは?と思うくらいです。
いつもながらの設定の巧みさには脱帽であります。
助演女優賞は・・・クラウレ・ハモンさんです!
★★★★★
この巻から、サイド3「ムンゾ」(ジオン)の革命史が始まります。幼いシャアとセイラ、もとい、キャスバルとアルテイシアの物語のはじまりです。筋としてはダイクンの死から稚い兄妹の地球亡命までが描かれています。ここからは、もちろんアニメでは出てこないストーリーであり、ミロのビーナスで譬えるなら失われた腕の部分にあたりますかね。ですから、この巻は、なくて美しいものにわざわざ腕を引っ付けようというのですから、野暮に感じる人もいるかもしれません。でも引っ付いても大元を損なわない面白さがあると、わたしは思っています。
さて、脇を飾るのはアニメでは敵役でお馴染みのキシリアさんやハモンさん、ガンダムのストーリーでは初出のローゼルシア様(この人、数ページのみの登場なのにすごい存在感なんです)、兄妹の母親アストライアさんといった女性の面々。中でも母親的であり姉的であり、また娘的であると言う女性の原初的多面性を演じつつ、ちょっとサロメ、随分巴御前という八面六臂の活躍をするクラウレ・ハモンさんにこの巻の助演女優賞をあげましょう。
【安彦氏の本領発揮!】
★★★★★
安彦氏は漫画家生活のほとんどを歴史漫画に費やしてきた。日の当たらない場所で…(失礼!)。 その実績とアニメ代表作「ガンダム」がピターッ!と合わさったというか、今までの歴史物は「この日ための習作であったか!」と錯覚すら覚える。
ザビ家の設定で抜けていた次男ってこんな人か!
ドズルの顔の傷は…なるほど!などなど…。
シャア・セイラ編を読んだ後、「ガンダム」のDVDを観るとまた新鮮な感動が得られます。特にハモンのランバ・ラル弔い戦は!
でも サスロを暗殺したのが結局誰なのか 明確には描かれてない…。実際の歴史でも 真実が判らないことは多いので、敢えて濁したのかな?