発端は、バブル崩壊による仕事をめぐる状況の変化にともなう、糸井のいきづまりにあったという。それは1990年からの広告の総体的な地位の低下や、クリエイターの価値が金で買い叩かれるといった状況、さらに、これまで豊かだと思えたことが実は貧しいと気づくにいたる、自身の価値観の転倒といった問題である。後の「ほぼ日」の理念になる「クリエイティブがイニシアティブを持って仕事のできる場をつくりたい」という思いは、こうした要因が重なり合って形成されたという。
そこからホームページを立ち上げ運営していく道のりには、多くのユニークなアイデアがつまっている。たとえば、万人に間口を広げたサイトのネーミング、主宰側のイニシアティブを強めた運営の規範づくり、紙メディアとのジョイント、消費者と生産者を直結させたノベルティ販売など。糸井の巧みなコピーで示されるこれらの理念やアイデアは、ネットビジネスやコミュニティの新たなイメージを膨らませてくれるだろう。また、徒手空拳で「場」を切り開いていく糸井の姿に、良き起業家精神を読み取ることもできるはずだ。
「ほぼ日」は大きな成長を遂げた。が、糸井はそれを「成功」とか「新たなビジネスモデル」として解釈することを拒否する。意味や結果やお金のことが先にあるのではなく、やっている過程がとにかく楽しいのだという価値観を問題にするのだ。そんな「生き方」を実現するしくみがインターネットにはあると、本書は示唆している。(棚上 勉)