ブッカー賞最終候補作らしい佳品
★★★★★
「半身」「茨の城」でこのミス一位を2年連続でとったサラ・ウォーターズの3つめの邦訳です。第二次世界大戦中・後を舞台に、現代から過去へとさかのぼる構成で、複数の人間の心の闇を丁寧な筆致で追っています。本作もこのミスにランキングしているので、それを見て購入を検討される方もいるかもしれませんが、この本はミステリではありません。ミステリの要素はあるのですが、シリアスな文学作品と思った方が実際に近いです。
イアン・マキューアン「アムステルダム」やカズオ・イシグロ「日の名残り」などが受賞したブッカー賞の最終候補ですので、作品の質は折り紙つきですが、普段ミステリなどの純エンターテイメント小説やハリウッドなどの娯楽映画しか見ないという方は、楽しめないかもしれません。純文学小説やヨーロッパ映画なども好き、救いのないものでも良いものは良い、などという方にはおすすめです。
ですが、まったく面白くないのかといえばそうでもなく、もともとミステリを書いている人だけあって、謎をうまく引っ張りながら高いリーダビリティで読ませます。私は前巻の途中からは一気に数時間で読んでしまいました。邦訳された3作品の中で一番好きなのもこの作品です。ただ、大きな事件があるわけではないので、淡々とした面白さ・人間の心の謎を追う面白さにはあまり興味がないという人には退屈かもしれません。
同性愛表現がこれまでで一番顕著ですが、女性同士でも片方が男装の麗人だったり、中性的な美女だったり、男性同士でもこちらは表現が薄い上、ハンサムな青年と少年に近い美青年だったりするので、あまり生々しくはありません。耽美小説の延長上くらいの感覚で読めるのではないでしょうか。
中絶に嫌悪感をもつ人は読まないが吉
★★★☆☆
読後の感想は一言「それがどうした」だった。
あらすじは上記の通りもしくは他の方が仔細に述べてるので割愛するが、第一次大戦後間もないロンドンを舞台に様々な男女の人生模様が交錯する話である。
作中で扱われる堕胎の描写に嫌悪感をもった。
否、嫌悪感を持ったのは手術そのものよりそれを巡る当事者達の感情。
主要人物の一人が望まぬ妊娠をするのだが、「診察台で下半身裸にされるなんてみじめな私!」とヒステリックな自己憐憫にはひたっても、命を摘む行為に対し自己嫌悪やら罪悪感やらを覚えてる節が皆無で、同性としてひたすら不愉快。
輪をかけて最低なのはその恋人で、自分が避妊を怠り妊娠させたのを棚に上げ
「で、腹の中のそいつを引っ張り出すのにはいくらかかるんだ?」
とかのたまう無神経男。
女も女で「おなかの中に彼の顔をしたでっかい芋虫がいるなんて考えただけで気持ち悪くなる」とか平気で言う。
じゃあとっとと別れろよ。
話は一巡して再び現在にもどるのかと思ったら過去に遡ったまま切れてしまい半端な感がいなめない。けれども「あれ、これで終わり?」と思いはしても「こんな所で終わりかよ!!」と激怒にまで至らなかったのは、描写が淡々としすぎて続きを読みたい欲求がおきなかったせい。作者の試みは買うが、時系列の並び替えによる効果が成功してるとは言いがたく、綺麗に環が閉じず宙ぶらりんに放り出された感じがする。
登場人物達の過去も肩透かし。
戦争という外的要因を取り込んで悲劇性を高めても、登場人物たちを襲う事件はあくまで惚れた腫れた孕んだ振った振られたという卑近な事情に尽きる。
それらの卑近な事情を色彩鮮やかに描く作家もいるのだが、今回作者がとった手法はお世辞にも成功してるとは言い難く、特に現在パートの唐突な幕切れは単に投げっぱなしの印象を受ける。
次作は期待してます。
期待はずれ
★★★☆☆
サラ・ウォーターズは、『荊の城』で娯楽性の高い、ハラハラするミステリを描いたが、本書に同種の面白さを求めると期待を裏切られる。
1947年、44年、41年と時代をさかのぼり、登場人物たちの背負う過去が明らかにされていく、という構成は新鮮ではある。
しかし、その過去はいかにも陰惨で、人物同士の関係はじっとりと重苦しく、そんな過去は別に知りたくもないのだった。
作者の、牽引力や、文章の歯切れのよさは健在だが、読み進めるにつれ、気が滅入る。
後のほうを読むと、本の先の方(後の時代)に登場する物事のあれやこれやが、どのような過去や因果関係を持つかが分かる仕組みにもなっているが、再読する気にはなれない。
試みは面白いが、、
★★☆☆☆
数年前に”半身”を読んで、そのほの暗い感じに魅せられた。次のレズ小説は嫌だった。
設定は、第二次大戦後しばらくしてのロンドン。いろいろ怪しげな人はでてくるが、さっぱり訳がわからない。だんだん読み進めてくるうちに、時代が古くなってきて、この怪しげな人々の背景がわかってくる、、という趣向。こういう試みはいままで、無かった訳じゃないけれど、面白いと感じた。
内容は、ミステリー?よりは、時代小説みたいな、レズ小説みたいな、、、。ミステリーやサスペンスというには、時代をさかのぼる書き方以外に、ひねりが足りなすぎる。
小説の醍醐味が十二分に味わえます。
★★★★☆
戦中戦後のロンドンを舞台に様々な人が織りなす群像劇。内容をシンプルに要約すると、たったこれだけの話なのである。だが、それがこの作家の手にかかると、目にも鮮やかなアラベスクのように入り組んで絡み合い、読み応えのある一級の作品に仕上がっているから素晴らしい。まず目を引くのが構成の妙だ。本書は大きく三つの章に分かれている。だがそれが時系列順に配されるのではなく、1947年、1944年、1941年と過去に遡る配列となっているのだ。だから、まず結果が示される。それぞれの人物たちがどういう境遇にいるのかが描かれる。読者にとってみれば、結果がわかってしまっているのだから、本来ならその先を知る必要はないのだ。だが、本書はそこから過去に遡ることによって、いったいこれらの人物たちに何があったのか?という興味でグイグイ読ませてしまうのである。男装の麗人であり、ミステリアスな存在として登場するケイ。二人で同居しレズビアンの関係でもあるジュリアとヘレン。ヘレンの同僚で不倫の関係に悩むヴィヴ。ヴィヴの弟で刑務所帰りのダンカン。これらの人物たちが絡み合い、干渉し相乗効果を生みながら過去に遡っていく過程はとてもスリリングだ。本書はミステリではない。だが、この過去への遡行という構成自体が大きなミステリとして機能しているのである。結果、大きなカタルシスは味わえないが、謎を追うというミステリ的興趣は充分堪能できる作品となりえている。もう一点言及しておきたいのが、同性愛というテーマだ。戦中、戦後というこの混乱した時代に同性愛という世間には受け入れられない宿命を負ってしまった者たちの不安、焦り、賛歌がこれでもかというほど描かれてるのだ。ともあれ、本書は小説を読む歓びを十二分に堪能できる作品だった。読んでよかった。