敗戦から立ち上がる日本を学習院野球部の優勝と今上陛下を絡めて描く秀作
★★★★☆
朝鮮半島から命からがら帰国した9歳の少年の逃避行から物語は始まる。38度線の北側に移住していた故の、ソ連軍によるジュネーブ条約違反の行為によるものだった。
昭和33年、学習院大学が1部リーグで優勝した唯一の年である。そこには、奇跡的な出会いや運命の意図に導かれ、才能のある者が次第に集まってくる。当時の島津監督のコーチングスタイルがまた良い。努力と根性が幅をきかせていたであろうこの時代に、実に誠実に静かに本質をつくアドバイスを投げかける。決して強制はしない。
やがて実力を付けた学習院が優勝するまでは、今では考えられない二転三転のドラマが待ち受ける。そして応援席には見守るOB、彼をご学友とした当時の皇太子殿下の姿まで。
物語の最終章では、同年に発表された殿下のご成婚までの経緯、母を知らずに育った選手達の母との対面、叔母との対面、高校野球の名監督となる選手の姿まで描かれる。敗戦から立ち直り、野球に打ち込み、家族との絆を取り戻す選手に全ての日本人を重ね、サイパンで散った日本人に鎮魂の祈りを捧げる両陛下の後書きで幕を閉じる。
丹念な取材と、様々な人生・野球の歴史を縦糸・横糸に組み合わせ、大変素晴らしいノンフィクションになっている。
知られざる歴史のエピソードに感動しました。
★★★★★
友人に勧められてこの本を手に取った。今上天皇のご即位20年とご成婚50年に際して是非読んでおくべき本、とのことだった。この著者の本は昨年、光市母子殺害事件を描いた『なぜ君は絶望と闘えたのか』を読んでいたので、抵抗感なくネットで購入した。当初、本書は何をテーマにしたものか迷いながら読んでいたが、読み終わった時、「なるほど」と思った。学習院大学野球部の東都大学リーグでの奇跡の優勝を描きながら、実は「戦争」と「時代」が主題だったのである。本書の「エピローグ」で知ることができた今上天皇のご真意については、思わず熱いものがこみ上げてきた。50年前に「天皇家」と「神宮球場」で起こった2つの奇跡。まさに、それは日本人が知っておかなければならない歴史のエピソードである。
真実に迫る本
★★★★★
一気に読了した。いつもながら門田氏のリズム感のある文章に、最後まで休むことを忘れてしまった。門田氏の特徴は、徹底した取材で、その対象となった人物がそれまで言われていた「風評」を覆すところにある。「甲子園への遺言」の“高さん”こと高畠導宏は、プロ野球界で“諜報野球の申し子”とも言われた人物だった。しかし、門田氏は高畠コーチがそれだけではない稀有なコーチであったことを見事に描き出し、それはNHKドラマの中で、弟子たちが直接登場して証言することによって正しさが証明された。今回もまた、PL学園を全国ナンバー1の強豪に押し上げた井元俊秀の知られざる半生を描き出し、その風評を見事にひっくり返した。しかし一部には、それを「一方的な賛美」としか捉えられない浅い読み方しかできない人もいる。根拠のない風評を真実だと思い込む風潮が蔓延する中で、常に「人間」を見届け、真実に迫ろうとする門田氏の姿勢に敬意を表したい。ジャンルこそ違うが、「なぜ君は絶望と闘えたのか」で見せた視点の鋭さは、この作品でも随所に感じられた。
日本人よ、自信を持とう。
★★★★★
本書『神宮の奇跡』は、学習院大学が東都大学野球1部リーグで優勝を果たした執念の顛末を渾身の取材で伝えている。試練あり、喝采ありのドラマは、優勝シーンの描写だけにとどまらない。
生死を賭け戦禍をくぐり抜けて帰還した投手・井元俊秀の半生を、キャプテン・田辺隆二の母への深い思慕を、皇太子(今生天皇)と野球とのかかわりと成婚の経緯を、監督・島津雅男が今日のPL学園の礎を築いた心の歴史を描き、美しい「日本人」の精神を人間くさく活写している。
正直に言えば、私は何かをあきらめ、今の日本に生きることを嘆いていた。しかし筆者は、日本人を心から愛し、日本に誇りをもち、『神宮の奇跡』に登場する人物たちと同じような人生を歩んだであろう、高度経済成長を支えた日本人に敬意をあらわすことで、混迷の中にある今の若き日本人に「自信を持て」と諭している。
筆者の日本人を見る目がはかりしれず優しいことに、胸が震える一冊である。