これぞ岩波文庫!
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本邦初全訳の古典を直接文庫化した書肆の英断を讃えたい。これでこそ岩波だ。評者のような門外漢にもまことに面白く、ためになる。訳は流麗で、ときにくだけた表現にはユーモアも漂う。煩を厭わず付けられた丁寧な訳注も大いに有益。キリスト教の聖人伝に見紛う奇跡譚や、ストアの宇宙論に類似の終末観が仏教にもあったことなどが知られ、伝播・影響の有無を探究したくなる。興に任せて漫然と読むもよし、高僧たちの法外な情熱にうたれるもよし、細部にこだわって詮索心を起こすもよし。
ただ一つだけ気になるのは、本文中に「テクスト」「スタンザ」「ベッド」といった欧語の片仮名書きが散見されることである。6世紀初頭に完成したと言われる中国の書物なのだから、ちょっと奇異である。もちろん注や解説に出る分にはよいのだが。アウグスティヌスの翻訳に英語やイタリア語が生で出ればおかしかろう。
『続高僧伝』『宋高僧伝』『大明高僧伝』の訳出を切望する。わが国のシナ学の底力をもってすれば不可能ではあるまい。学者は、オタク語りに終始する「論文」やら研究書を量産するより、こういう古典の訳注に励むのがよほど世の中のためになるのだし、版元にしてもこの種の堅実な出版に優る事業はないと心得るべきである。
本邦初訳、しかも文庫で!
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後漢の第ニ代皇帝明帝から梁の武帝まで、この450年における高僧の事績が記録されてます。
『高僧伝』の内容は行った徳の種類によって十篇に分かれていて、今回の第一巻には「訳経篇」、つまり仏典の漢訳に功績のあった人達が収録されてます。そして初期の僧達は多分に道術師や呪術師めいた描かれ方になっているのが特徴的です。
陳舜臣氏の「秘本三国志」を読んだことの有る人間なら、中国への仏教渡来や白馬寺に関する記事はとても関心を引くに違いないでしょう。そして、歴史の教科書に必ず登場する鳩摩羅什や法顕はこの第一巻に登場してます。一方、龍樹は後漢後期〜三国時代に相当する時期に生きていた人ですが、中国には来てないので載ってませんね。また、玄奘や法顕以外にも正しい仏教の教えを学ぶために西域・インドに行った人は他にもいたし、逆に西域やインドから来た人もいっぱいいて、そういう人たちの努力の上に「仏教伝来」という一大事業はなりたってるわけですね。
書名が「名僧伝」ではなく「高僧伝」であるのは、「名声があっても高徳でなければ記さず、名が知られていなくても高徳の者を記す」という意味から来てるそうです。また、著者の慧皎が南朝の人のため、北方よりも江南のほうの記事が多くなってます。